政府命令で淡路島から北海道に移住した人々、苦難の歴史越えGI馬を育てた子孫も
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政府命令で淡路島から北海道に移住した人々、苦難の歴史越えGI馬を育てた子孫も

政府命令で淡路島から北海道に移住した人々、苦難の歴史越えGI馬を育てた子孫も 2021/09/14 14:59 保存して後で読む スクラップ機能は読者会員限定です(記事を保存) スクラップ機能について 読者会員に登録 読者会員の方はログイン 閉じる メモ入力 -最大400文字まで キャンセル 完了

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 明治初期の 庚午(こうご) 事変(1870年)を機に、兵庫県の淡路島から北海道への移住が進んだ歴史をたどるパネル展が、南あわじ市で開かれている。移住開始150年を記念して企画。徳島藩のお家騒動で遠く離れた北の大地へと移るよう命じられた稲田家の家臣団や、開拓で渡った農家の苦難と功績を伝えている。(山口博康)

北海道に移住した淡路島民のパネルを紹介する高田会長

 庚午事変は、徳島藩主である蜂須賀家の家臣が、分藩独立を目指していた洲本城代・稲田家の家臣を襲撃した事件で、37人が死傷した。淡路島が、兵庫に編入されるきっかけになったといわれる。

 稲田家の家臣らは、北海道静内郡(現新ひだか町)の開拓を政府に命じられ、500人以上が移り住んだ。これを呼び水に、南あわじ市の農家を中心として淡路島出身者の移住が相次ぎ、明治、大正期に約1万5000人が移ったという。

島民の子孫との交流を伝える三宅さん

 パネル展は、稲田家が洲本市内に開いた学問所「益習館」の歴史を伝える市民団体「益習の集い」(高田知幸会長)が、150年の節目に合わせ、南あわじ市湊のショッピングセンター「シーパ」で開いている。

 庚午事変から現在に至る歴史に加え、移住者やその子孫たちが北海道議会議長や町長などを務めたり、GIレースを制する競走馬を育てたりしたことを紹介。淡路島にルーツを持つ人たちが北の大地に根を張り、力強く生きた姿を伝えている。

 「集い」のメンバーが北海道を訪れ、子孫らと交流した写真も展示した。開拓については、島出身者以外の写真も使い、当時の苦労をしのばせるコーナーを設けた。

 その 凄惨(せいさん) さから、庚午事変はかつては語られる機会が少なく、島内の子孫でも、北海道に親戚がいる理由を知らなかった人もいたという。

 「益習の集い」の会長を長く務めた三宅 玉峰(ぎょくほう) さん(68)も、高祖父が稲田家家臣で、襲撃を受けて自決したと知ったのは30年ほど前のこと。三宅さんは「亡くなった方や北海道で頑張った方を忘れないためにも、史実を伝え、交流を発展させていきたい」と話している。

 26日まで。問い合わせは高田会長(090・3493・4708)へ。

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