朝鮮王朝時代の身分制度【賎民と奴婢の違いとは?】
朝鮮王朝時代の身分制度【賎民と奴婢の違いとは?】

朝鮮王朝時代の身分制度【賎民と奴婢の違いとは?】

韓国時代劇を見ていると、「両班」や「奴婢」といった言葉をよく耳にします。

この記事では「賎民と奴婢の違い」を中心に、朝鮮王朝の身分制度についてやさしく解説します。

目次
  1. 賎民と奴婢の違い
  2. 朝鮮王朝の身分制度
  3. 賎民とは何か?
    1. 賎民に含まれる人々
    2. 奴婢とその他の賎民の違い
  4. 奴婢の種類と生活
    1. 官奴婢と私奴婢の違い
    2. 奴婢の生活
  5. ドラマに登場する賎民
  6. 両班とは
  7. 中人とは
  8. 常人とは
  9. 王族
  10. まとめ

賎民と奴婢の違い

奴婢(ノビ)は誰かの所有物であり、物と同じく売り買いの対象とされた人の呼び名です。

「奴」は男性の奴隷を「婢」は女性の奴隷を意味しています。

一方、賎民(チヨニン)は身分制度における階級の総称です。最下位層の階級を示していました。

2つの違いを具体的に知るためには、朝鮮王朝の身分制度を理解する必要があります。

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朝鮮王朝の身分制度

朝鮮王朝では法制度により、人々を良民(ヤンイン)と賤民(チョニン)に分ける「良賤制」が採用されていました。すべての人はこのどちらかに属し、その身分は基本的に世襲されました。

<良賤制による身分制度>

<豆知識>世襲(せしゅう)とは 生まれた子どもが引き継いでいくこと。つまり、生まれたときに身分は決定され、奴婢に生まれた子供は一生奴婢として生きることになります。

やがて、良民は3つの身分に区別され、賎民と合わせて、以下の4つの身分に大別されていきました。

階層 読み 主な役割・特徴 両班 ヤンバン 官僚、地主などの特権階級 中人 チュンイン 技術職や下級官僚 常民 サンミン 農民、職人、商人などの一般庶民 賤民 チョニン 奴婢、妓生など。自由や権利に制限 【PR】スポンサーリンク

賎民とは何か?

賎民(チョニン)とは、身分的には最下位に位置し、自由や権利に制限がある身分階級です。

賎民に含まれる人々

賎民の多くは奴婢でしたが、時代劇にも多く登場する妓生(キーセン)、白丁(ペクチョン)、巫女(ムーダン)なども賎民に含まれる人々でした。

階層 主な役割・特徴 奴婢 主人(両班)に所有されていた人々。自由はなく、財産は持てない 妓生 芸能や接待を担う女性。美貌と教養が求められる 白丁 動物の解体や皮革加工に従事。差別が強く、奴婢よりもさらに下に見られることも 巫女 呪術や祈祷を行う宗教職。時代によって差別の程度は異なる 大道芸人 旅芸人なども賎民に分類される 僧侶 儒教国家であった朝鮮では冷遇され、賎民扱いを受けた 奴婢とその他の賎民の違い

大きな違いは、「奴婢」は法的に奴隷(所有物)とされていた点です。

妓生や巫女などの賎民は、職業や出自によって差別を受けていましたが、奴婢とは違い自由民で拘束された存在ではありませんでした。

比較項目 奴婢 奴婢以外の賎民 法的地位 奴隷(所有物) 自由民(職業差別) 身分の固定 代々世襲される 職業や出自による 所属 主人に従属 職業集団に属する

奴婢の種類と生活

奴婢は大きく公奴婢と私奴婢に分かれました。

官奴婢と私奴婢の違い

官奴婢は宮殿や役所で仕えている奴婢です。代表的な官奴婢は医女や茶母、官妓で、ドラマの中では、この官奴婢から出世する人や官奴婢での活躍を描くドラマが多くあります。

私奴婢(サノビ)は多くは大地主や両班が所有している奴婢です。官奴婢に比較して私奴婢の数は圧倒的に多く、大地主のもとで農作業やその他の雑務に従事していました。ドラマには両班に仕える奴婢が多く登場しています。

奴婢の生活

奴婢といえども、住む場所や食べ物など、常民と同じ生活を送っている奴婢もたくさんいました。

しかし、主人の命令に逆らえない、財産を持てないなどの厳しい制約がありました。

ドラマに登場する賎民

奴婢以外の賎民も、多くのドラマに登場して、重要な役割を演じています。

賎民 役割 登場する代表的ドラマ 茶母 女性の雑用係。女性にしかできない仕事を担当 チュ・オクの剣、オクニョ、イ・サン 医女 当初は、女性を診るために採用 チャングム 妓生 外国の使者や高官、両班を歓待する ファンジニ 巫女 神に仕えて、祈祷や神おろしをする 太陽を抱く月、トンイ、オクニョ 白丁 牛などの家畜を屠殺・解体して販売 済衆院

チャングムで有名となった医女は時には妓生(薬房妓生)として駆り出されるなど、現代の女性医師と比較して、驚くほど身分が低いものでした。

また、妓生は上流階級を相手にするため、学問、音楽、詩などの文化的教養を身につけた知識人だったといいます。

白丁(ペクチョン)は、特に差別が激しく、住む場所は制限され、移動の自由もありませんでした。ドラマ「済衆院」には、奴婢以下の扱いを受けるシーンが数多く登場します。

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両班とは

両班(ヤンバン)は、朝鮮王朝の支配階級であり、科挙試験を通じて官職に就いた者たちです。

本来、両班は文臣(文班)と武臣(武班)の両方の科拳試験に合格した一代限りの文武官僚を意味していました。しかし、高官の子弟の中には科拳を受けずに官職に就いたり、官職をお金で買うものがでてきたりして、身分が世襲化されていきました。

こうして、両班は貴族階級として固定され、土地や奴婢を所有し、庶民とは一線を画す存在となります。

また、地方で広大な農地や奴婢を所有した特権階級の人たちも両班と呼ばれるようになります。こうして、次第に、同一氏族が固定化して両班階層を形成していきました。

更に詳しくは>>韓国時代劇の両班とは?【その驚きの特権階級の実態】をご覧ください。

中人とは

中人(チュイン)は、通訳、医学、法律、天文、数学、書画などの雑学といわれる実用的な専門技術を有し、多くの人が中央官庁に従事する技術職官史でした。

漢城の中央部に多く移住していたため、中人と呼ばれ、医官や通訳官などは親の仕事を受け継ぐことも多かったといいます。

常人とは

常人(サンミン)は、両班や中人の下で農業、商業、工業を行う平民です。

納税と軍役の義務があり、国民の半数を占め、国家財政の基盤を担っていました。王様が「民」という場合には、この常人を示しています。

常人のほとんどが農民で生活は厳しく、常に厳しい税に苦しんでいましたが、商人のように次第に組織化され、両班以上の権力を手にする人もでてきました。

王族

王族は身分制度の最上位に君臨する、朝鮮王朝を開いた太祖(李成桂)の血を引続ぐ子孫による家系です。

李成桂の名字は「李(イ)」です。だから、王様の名字はみんな「李(イ)」と称しています。例えば、正祖の本名はイ・サン(李祘)、太宗の本名はイ・バンウォン(李芳遠)です。

日本で言えば、徳川家康が徳川幕府を開きましたが、将軍はみんな徳川の姓です。「徳川」が韓国の朝鮮王朝では「李」に相当します。

まとめ

朝鮮王朝の身分制度では、「賎民」は社会的に差別された身分を称する言葉であり、その身分の中で奴婢は法的に主人に所有された奴隷という拘束された立場の人々を示していました。

奴婢以外の賎民(茶母、医女、僧侶など)は職業による差別であり、法的には自由民でした。

時代劇を見るときに、この違いを知っておくだけで、人物の背景や台詞の意味がより深く理解できるようになります。

なお、奴婢制度は19世紀末に廃止され、近代化とともに制度としては消滅しています。

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