天皇陛下が雅子さまとの「極秘デート」に選んだ食事…皇室の料理人が心打たれた「気づかい」
2025.09.20木俣 正剛
元「週刊文春」・月刊「文藝春秋」編集長
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天皇家の料理は、皇室の健康や公務に配慮した繊細な作業が求められ、料理人は厳格なルールに従って調理する。昭和天皇の時代から、料理は陛下の好みに合わせ、例えばグリーンピースの皮を剥くなどの手間がかけられていた。さらに、食事はカロリー管理され、メニューの順序も工夫されている。昭和天皇、平成の明仁上皇、そして令和の徳仁天皇陛下と三代に渡って皇室の食事を支えてきた料理人の渡辺誠氏から、著者が聞いたこととは――
記事前編は【「昭和天皇の食事」の驚きの調理法…美智子さまが改革した「皇室の常識」】から。
令和の天皇陛下、食事の変化
そして、昭和から平成、そして令和へと時代の移り変わりとともに、宮中の食事の方法も変わりました。そして、私にとっての最大の変化は、今上陛下が皇太子として独立され、東宮(皇太子の住む宮殿)の料理長に渡辺氏が任命されたことでした。
最初はもちろん、昔通りの直答はできない決まりだったようですが、殿下は、時折「昨日の料理は大変美味しかったですね」といった言葉をかける機会が増え、朝食のトーストも料理番がやいていましたが、「自分でやりたい」といいだされたそうです。時には、殿下が印をつけた新聞記事をもってこられて、こんな料理はできませんか?とお尋ねになります。ただし、必ず「厨房の方たちと相談してください」と押しつけはされません。
そして、「今度はお客様がみえるとき、こういう料理をお出ししてはいかがと思うのですが」と相談されるようになりました。渡辺氏によると、殿下は、人の話しに耳を傾ける方で、しかも、食べながら聞くという人柄ではありません。結果、なにも食べずに次の公務ということがままありました。そこで、夜食や出かける前の軽食を用意することにしたそうですが、ここでも気配りがハンパではありません。夜食の場合なら「無理のないところで、何ができますか?」と必ず料理番の都合を考え、洋食の担当者しかいない場合や、和食の担当しかいないときを想像して注文されます。
photo by gettyimagesこの記事の全ての写真を見る(全5枚)-AD-ご成婚前の「謎のお客様」
そして、運命の雅子妃との食事のメニューもわかりました。
もちろん、その時点では、料理番はお客の名前を教えてもらってません。突然「明後日、お客様がみえることになりました。大至急メニューを考えてください」と連絡がはいりました。来客の場合、メニューのことを考えて人数や、男性か女性か、年齢などを必ず聞くのですが、この時は、答えはなく、殿下とお二人の食事で、好き嫌いがあっても大丈夫な中華がいいのではというアドバイスだけ。メニューを考え連絡したところ、本当に珍しいことに、「料理の内容を検討しなおしていただけませんか」という返事がきたのです。そこで食事の内容をグレードアップすると「大変結構です」と返事がきました。
当日、お皿が戻ってくるとどのお皿もきれいになっていて、胸をなでおろしました。が、普段はお見送りをするケースもあるのに、そのときはひっそりとお帰りになり、謎のお客様のままでしたが、実は、これが雅子様。ここから、ご成婚へのカウントダウンは始まっていたのです。そして、ご成婚パレードが終わり、初めてご挨拶したときのことでした。雅子さまから、あのときの中華料理はとても美味しかったですと料理人たちは、直接いわれて、本当に喜んだそうです。
photo by gettyimages雅子妃流の新しい生活
ご結婚後、二、三カ月がすぎると、雅子妃流の生活も始まりました。雅子妃が直接手料理を殿下のためにつくりたいというのです。一般の家庭のように、毎日奥様の手料理を召し上がるわけにはいきませんが、それでも少しずつ妃殿下が料理を作られることが多くなりました。料理や食材について英語やフランス語を交えてノートに書き込み、本や雑誌で読んだレシピもノートに書き写されていたそうです。
また、ワインについてもお二人で勉強を始められました。宮中ではそのためにワインの貯蔵所があり、料理にあったワインが出るのですが、殿下は、このワインは、私たちが家庭で飲むには高級で高価すぎますから、普通に商店で売っているようなものにしてくださいと、本当に質素な生活感覚です。
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