エルガーの名曲・代表曲
エルガーの名曲・代表曲

エルガーの名曲・代表曲

スポンサーリンク 目次
  1. エドワード・エルガーの人生
    1. 黄金期の作品
    2. 晩年と遺産
  2. エルガーの名曲 5選
    1. 名曲1 行進曲『威風堂々』 第1番~第6番
      1. 軍楽隊行進曲から世界的な象徴へ
      2. 歴史的背景と「希望と栄光の国」の誕生
      3. 作曲者としてのエルガーと「威風堂々」の意義
    2. 名曲2 愛の挨拶
      1. 愛の結晶として生まれた名作
      2. 構造と音楽的特徴
    3. 名曲3 エニグマ変奏曲
      1. 謎に包まれた友情の肖像
      2. 14の変奏と隠された旋律
    4. 名曲4 弦楽セレナード
      1. 初期の傑作とその音楽的魅力
      2. 楽曲構成と音楽的特徴
      3. エルガーの弦楽セレナーデが持つ意義
    5. 名曲5 ヴァイオリン協奏曲

エドワード・エルガーの人生

※wikipedia画像より

エドワード・エルガー(Edward Elgar, 1857-1934)は、イギリスを代表する作曲家の一人であり、その生涯と作品は彼が生きた時代の社会的背景や個人的な挑戦を反映しています。彼の音楽は、独自の創造性と深い感情表現で知られ、特にヴィクトリア朝からエドワード朝にかけてのイギリス音楽界において重要な存在となっています。

エルガーは1857年6月2日、イギリスのウェスト・ミッドランズ地方、ウスターシャーの近郊にあるブロードヒース村で7人兄弟の4番目として生まれました。父親はウスターシャーで音楽店を経営し、ピアノの調律師でもありました。この環境は、エルガーが幼い頃から音楽に親しむ機会を与えました。彼は父の店で手に入る楽譜を用いて独学で様々な楽器を習得し、地元のカトリック教会でオルガンを演奏するなど、実践的な音楽経験を積みました。

しかし、エルガーは正式な音楽教育をほとんど受けておらず、ライプツィヒ音楽院への進学を望んでいたものの、家族の経済状況がそれを許しませんでした。15歳のとき、弁護士事務所で働き始めますが、音楽への情熱を抑えきれず1年後に退職し、フリーの音楽家として活動を始めました。

エルガーの初期のキャリアは決して平坦ではありませんでした。彼は父のオルガニストの助手を務める一方で、地元の音楽団体でヴァイオリンを演奏し、学生を指導し、吹奏楽五重奏団でファゴットを演奏するなど、多岐にわたる活動を行いました。また、精神病院での音楽活動を通じて、病院の職員や患者に音楽を教える仕事にも携わりました。

この時期、エルガーは地元の音楽界で経験を積む一方で、1889年にピアノの生徒だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚します。彼女は軍人の娘であり、社会的地位の差から家族の反対を受けながらもエルガーの才能を信じ、彼のキャリアを支える重要な存在となりました。

エルガーの音楽家としての地位が確立されるまでには長い時間がかかりました。1890年代に入り、彼の作曲活動は徐々に注目を集めるようになります。序曲「フロワサール」(1890年)やカンタータ「カラクタクス」(1898年)などが演奏されるようになり、ついに1899年の「エニグマ変奏曲」で国際的な成功を収めました。この作品は、彼の友人たちに捧げられたものであり、その形式美とオーケストレーションの妙技によって評価されました。

1900年には宗教音楽の傑作「ゲロンティアスの夢」を完成させますが、この作品の初演はリハーサル不足により失敗に終わりました。それでも、この作品の本質的な素晴らしさは批評家たちに認められ、後にヨーロッパ各地で演奏されるようになりました。特に、リヒャルト・シュトラウスがエルガーを「イギリス初の進歩的な音楽家」と称賛したことは、エルガーの名声をさらに高める結果となりました。

黄金期の作品

1900年代初頭、エルガーは「威風堂々行進曲」(1901年)や「交響曲第1番」(1908年)など、彼の代表作となる作品を次々と発表しました。「威風堂々行進曲」の第1番は、後に「希望と栄光の国」という歌詞が付けられ、イギリスの象徴的な楽曲となりました。

エルガーの交響曲第1番は、その初年度に80回以上演奏されるという驚異的な成功を収め、国際的な評価を確立しました。この作品はハンス・リヒターによって指揮され、「現代最高の交響曲」と評されました。続く「交響曲第2番」(1911年)は、前作ほどの即時的な成功は収めなかったものの、より深遠で個人的な表現を含む作品として高く評価されています。

また、ヴァイオリン協奏曲(1910年)は、エルガーの親しい友人であったフリッツ・クライスラーに捧げられ、技術的な難易度と情感豊かな旋律で知られる名作です。この作品は、エルガーの音楽が持つ感情的な深さと技術的な洗練を示しています。

晩年と遺産

エルガーの晩年は、第一次世界大戦と妻アリスの死によって影を落とされました。彼は戦争中も作曲を続けましたが、戦後は活動を徐々に減らし、田舎で静かな生活を送りました。それでも、エルガーは録音技術の発展に伴い、自身の作品を指揮して録音するなど、後世への遺産を残す努力を続けました。

また、エルガーは室内楽作品にも力を注ぎ、「弦楽四重奏曲」や「ピアノ五重奏曲」などの優れた作品を遺しました。これらの作品は、彼の晩年における内省的な側面を反映しており、交響的な作品とは異なる親密な感情表現が特徴です。

エルガーは1934年に没し、妻とともにリトル・マルバーンのセント・ウルスタン教会に埋葬されました。

エルガーの音楽は、19世紀末から20世紀初頭のイギリス社会の精神を反映しています。彼の作品は、当時のイギリス音楽界における伝統と革新の両方を体現しており、現在でも世界中で愛されています。特に、「エニグマ変奏曲」や「威風堂々行進曲」などの作品は、イギリス音楽の象徴として広く親しまれています。

エルガーの音楽的遺産は、イギリス音楽の象徴としてだけでなく、国際的な音楽史の中でも重要な位置を占めています。彼の作品は、感情豊かな旋律、美しいオーケストレーション、そして深い精神性を持ち、今日のクラシック音楽愛好者や演奏家たちにとっても大きな影響を与え続けています。

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エルガーの名曲 5選

名曲1 行進曲『威風堂々』 第1番~第6番 軍楽隊行進曲から世界的な象徴へ

エドワード・エルガー卿が作曲した「威風堂々」行進曲は、クラシック音楽の中で最も広く親しまれる楽曲の一つであり、特に卒業式の行進曲として耳にすることが多く、多くの人達は一度は聞いたことがあるでしょう。

もともとこの曲は、エルガーが1901年に軍楽隊の行進曲として作曲したもので、その荘厳な旋律と劇的な構成により、英国音楽界を超えて国際的な認知を得るに至りますが、特に第1番ニ長調の中間部、いわゆる「トリオ」の部分は、愛国的な高揚感を与える旋律として高い評価を受けています。

「威風堂々」のタイトルは、ウィリアム・シェイクスピアの『オセロ』第3幕第3場に登場する一節「誇り、華やかさ、そして輝かしい戦争の状況!」(Pride, pomp, and circumstance of glorious war)から取られています。このタイトルにある「Pomp」と「Circumstance」は、それぞれ「壮麗」や「華麗」、「物々しい儀式」といった意味を持ち、エルガーの音楽が持つ壮大で堂々たる雰囲気を的確に表現しており、日本語訳の「威風堂々」は、意訳ながらもその本質を巧みに捉えた名訳と言えるでしょう。

歴史的背景と「希望と栄光の国」の誕生

「威風堂々」第1番が初演されたのは1901年のロンドンです。この時点で既にエルガーの作品は高い評価を受けていましたが、第1番の成功は彼の名声をさらに高めたことです。翌1902年、国王エドワード7世の戴冠式に向けた頌歌の制作にあたり、この行進曲の中間部が選ばれることとなりました。イギリスの詩人A.C.ベンソンがこの旋律に愛国的な歌詞を付け、「希望と栄光の国」(Land of Hope and Glory)として発表されました。この新しい形式の楽曲は、イギリス国民の心をつかみ、以来、イギリス愛国主義の象徴的な作品として位置づけられるようになったのです。

英国国内での人気が高まる中、「威風堂々」は海を越えてアメリカでも注目を集め、1905年、イェール大学の卒業式において、エルガーが名誉音楽博士号を授与された際に、この行進曲第1番がリセッショナル(退場曲)として演奏されました。これをきっかけに、プリンストン大学、シカゴ大学、コロンビア大学など、多くのアメリカの大学が卒業式の音楽として採用するようになり、1920年代には卒業式のテーマとして定着しました。

作曲者としてのエルガーと「威風堂々」の意義

「威風堂々」はエルガーの生涯にわたり、重要な位置を占めた作品群となります。この行進曲集は、1901年から1907年にかけて第1番から第4番が作曲され、1930年には第5番が完成しています。エルガーは第6番も構想していたが、未完成に終わったため、後に作曲家アンソニー・ペインが補筆し公開されることとなりました。

日本において、「威風堂々」というタイトルは特に第1番、そしてその中間部の旋律を指すことが多いのですが、厳密にはこのタイトルは行進曲集全体を指しており、中間部の旋律自体は「希望と栄光の国」として知られており、イギリスでは、BBCプロムスなどのコンサートにおいて、合唱付きでこの旋律が演奏される際も「希望と栄光の国」として紹介されることが一般的になっています。

また、この曲が持つエネルギーと高揚感は、卒業式の雰囲気を象徴する要素として多くの人々に認識されていますが、卒業式に出席した経験のある人々であれば、この旋律が生み出す感動的な雰囲気を忘れることはないでしょう。まさに、エルガーの「威風堂々」は時代と国境を超えて、多くの人々に深い印象を与える普遍的な作品として愛され続けているのです。

「威風堂々」は、エドワード・エルガーという作曲家の卓越した才能を象徴すると同時に、イギリス音楽の誇りを体現する作品です。その旋律は、卒業式の場に限らず、愛国的なイベントや式典など、さまざまな場面で使用されることで、その普遍的な魅力を証明しており、エルガーの音楽を通じて伝えられる荘厳さと希望のメッセージは、今後も多くの人々に感動を与え続けるでしょう。

『威風堂々』行進曲 第1番 ニ長調 「希望と栄光の国」

Elgar: Pomp and Circumstance March No 1 in D major, 'Land of Hope and Glory' (Prom 75)

『威風堂々』第2番

エルガー 威風堂々 第2番 指揮:エドワード・エルガー ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団 1926年録音

『威風堂々』第3番

エルガー 威風堂々 第3番 指揮:エドワード・エルガー ロンドン交響楽団

『威風堂々』第4番

エルガー 威風堂々 第4番 指揮:エドワード・エルガー ロンドン交響楽団

『威風堂々』第5番

エルガー 威風堂々 第5番 指揮:エドワード・エルガー ロンドン交響楽団

『威風堂々』第6番

尾高 威風堂々第6番 名曲2 愛の挨拶 愛の結晶として生まれた名作

エドワード・エルガーが1888年に作曲した「愛の挨拶(Salut d’Amour)」は、甘美で切ない旋律が魅力の小品です。この作品は、エルガーが当時の婚約者キャロライン・アリス・ロバーツへの愛の贈り物として作曲したもので、彼の愛情が音楽を通して昇華された特別な意味を持ちます。原題「Liebesgruss」(ドイツ語で「愛の挨拶」の意)は、キャロラインがドイツ語に堪能だったことにちなんでおり、後に楽譜を出版した際に、国際市場での受容を考慮した出版社によってフランス語の「Salut d’Amour」というタイトルに変更されたのですがが、現在ではこのタイトルが定着しています。

この作品は、エルガーが後に結婚するキャロラインに対して抱いた深い愛情を象徴しています。献辞として楽譜に記された「キャリス(Carice)」という名前は、キャロライン・アリスのファーストネームとミドルネームを組み合わせたものです。これは単なる愛称にとどまらず、二人の間に生まれた長女の名前キャリス(Carice)にもなり、エルガーにとって音楽と家族の絆を象徴する存在としての意義を持ちます。

エルガーがキャロラインへの愛を込めて作曲した「愛の挨拶」は、ヴァイオリン独奏とピアノのために書かれた作品ですが、その美しい旋律は多くの編曲を生み、チェロとピアノ、ピアノ独奏、小編成オーケストラなど、さまざまな形で演奏されてきました。その中でも、ヴァイオリン独奏版は特に人気が高く、ピアノ伴奏の軽やかな響きに乗せてヴァイオリンが甘美で哀愁漂う旋律を歌い上げています。

構造と音楽的特徴

「愛の挨拶」は三部形式(A-B-A’)で構成されており、外側のセクション(Aセクション)はホ長調で、優雅で親しみやすい主題が提示されています。対して中間部(Bセクション)はト長調に転調し、やや陽気で新しい旋律が現れており、この中間部ではヴァイオリンの高音域が際立つ書法が用いられ、曲全体の情感を豊かにしています。その後、Aセクションが若干の変化を伴って再現され、曲は穏やかで切ない余韻を残して静かに幕を閉じます。

この楽曲では、調性の対比と旋律の繊細な変化が効果的に使われています。具体的には、ホ長調からト長調への転調は「半音階的なメディエント関係」と呼ばれる音楽理論上の技法に基づいており、主題間のつながりを滑らかにしつつ、調性の変化によってリスナーの注意を引きつけています。

また、エルガーはAセクションとBセクションの間に統一感を持たせており、これが作品全体にまとまりを与えていますが、このような工夫が、短いながらも充実した音楽的内容を生み出し、聴衆を魅了する理由の一つと言えるでしょう。

「愛の挨拶」が初めて公に演奏されたのは、1889年11月11日にロンドンのクリスタル・パレスで行われた小管弦楽版のコンサートですが、その後、この曲はイギリス国内のみならず、世界中で愛される作品となりました。特にヨーロッパや日本では、アマチュア音楽家による演奏会や結婚式のシーンで頻繁に取り上げられています。

「愛の挨拶」は、エルガーの初期作品ながらも、その完成度の高さと普遍的な美しさにより、クラシック音楽の名作としてその存在を示しています。エルガーの愛と情熱が生み出したこの楽曲は、彼の代表作の一つとして、時代と国境を超えて多くの人々に愛され続け、この曲が持つ甘美な旋律と感情の深さは、作曲者の心の琴線を通じて、聴衆の心に語りかける永遠のメッセージを伝えています。

愛の挨拶 – エルガー【楽譜あり】Elgar – Salut d'amour Op.12 – クラシックピアノ-Classical Piano-CANACANA 名曲3 エニグマ変奏曲 謎に包まれた友情の肖像

エドワード・エルガーの「エニグマ変奏曲(独創的主題による変奏曲)」作品36は、1899年の初演以来、クラシック音楽の傑作として称賛され続けてきました。この作品はエルガーの名声を国際的なものに押し上げ、英国音楽の新時代を告げる象徴的な楽曲となりましたが、その音楽的魅力とともに、作品に秘められた謎も多くの注目を集めることになりました。

エニグマ変奏曲が生まれたのは、エルガーが疲れ果てた一日の終わり、妻と過ごしていたある晩のことでした。ピアノの前に座り、即興で弾いた旋律が妻アリスの耳をとらえ、それを友人たちの特徴に合わせて変奏する遊びに発展しました。この即興的な発想が、後に大規模なオーケストラ作品に昇華したのです。

エルガーはこの作品を「内に描かれた私の友人たちへ」と捧げ、各変奏曲には親しい友人や妻、そして自身を描写する音楽的肖像が込められています。例えば、第1変奏「C.A.E.」はアリスを描き、最終変奏「E.D.U.」はエルガー自身を表しています。この「E.D.U.」は、アリスがエルガーを親愛を込めて呼んだ「エドゥアール」に由来する愛称です。

14の変奏と隠された旋律

エニグマ変奏曲は、エルガー自身が「エニグマ(謎)」と呼んだ主題に基づき、14の変奏で構成されています。その中でも、第9変奏「ニムロッド」は特に有名で、友情の深さと音楽的感動が結晶化された楽章として親しまれています。この「ニムロッド」は、エルガーの出版社の友人オーガスタス・イェーガーを描写したもので、イェーガーはエルガーにとって重要な支えであり、この変奏曲は彼の助言や励ましへの感謝が込められています。

作品全体にはエルガーが「明かされることのない」旋律を隠したとされています。この「隠された主題」が何を指すのか、今なお議論が続いています。一説にはある有名な旋律がエニグマ主題と重なるように作られていると考えられていますが、その答えはエルガー自身が墓場まで持っていきました。この謎は楽曲の魅力をさらに高める要素として、聴衆の想像力をかき立てています。

1899年6月19日、ロンドンのセント・ジェームズ・ホールでハンス・リヒターの指揮により初演されたエニグマ変奏曲は、たちまち成功を収めました。批評家たちは、エルガーの卓越したオーケストレーション技術と、各変奏に込められた深い情感を賞賛しました。その後、エルガーは最終変奏を改訂し、壮大な終結部を追加しました。この改訂版は、同年9月13日にウスター3合唱祭で演奏され、今日では標準的な版として演奏されています。

ヨーロッパ大陸でも評価は高く、1901年にはドイツで初演され、その後もロシア、アメリカなど世界各地で演奏されました。ニューヨークではグスタフ・マーラーが指揮し、エニグマ変奏曲はエルガーの名声を不動のものにしました。

エニグマ変奏曲は、19世紀末から20世紀初頭の音楽の中で、英国音楽の新たな可能性を示した作品となりました。エルガーはこの楽曲で、個人的な感情や友情を普遍的な音楽の形で表現することに成功し、彼の巧みな旋律構成、色彩豊かなオーケストレーション、そして隠された謎という要素により、聴衆を魅了し続けています。

Elgar "Enigma Variations" – Kahchun Wong, conductor; Kanagawa Phirharmonic Orchestra エニグマ変奏曲 神奈川フィル 名曲4 弦楽セレナード 初期の傑作とその音楽的魅力

エドワード・エルガーが作曲した「弦楽セレナーデ ホ短調 作品20」は、1892年に完成され、その年に非公開で初演されました。この作品は、3つの短い楽章から構成される弦楽オーケストラのための楽曲で、彼の初期作品の中でも特に人気が高いものの一つです。

その背景には、1888年に演奏された「弦楽のための3つのスケッチ」という組曲があり、このセレナーデはその改訂版であると推測されていますが、元のスケッチの手稿は現存せず、その関連性は推測の域を出ていません。

「弦楽セレナーデ」は、エルガー自身が指揮を務めたウースター女子管弦楽団によって初めて非公開演奏されました。当時、彼がこの作品を出版社に持ち込んだ際には、「非常に優れているが、この種の音楽は売れない」という理由で一度拒否されたものの、翌年には無事出版が決定しました。

公開演奏は1896年にベルギーのアントワープで行われ、イギリスでの全曲初演は1899年にヨークで指揮者トーマス・ターティウス・ノーブルによって行われました。

このセレナーデは、エルガーを若い頃から支えていたオルガン製作者でアマチュア音楽家のエドワード・W・ウィンフィールドに捧げられています。彼の支援がなければ、この作品が世に出ることはなかったかもしれません。

楽曲構成と音楽的特徴

この弦楽セレナーデは3つの楽章で構成されており、全体を通して和声的・動機的な統一感が際立っています。

第1楽章「アレグロ・ピアチェーヴォレ」は、穏やかな牧歌的スタイルで始まり、ヴィオラによるリズム動機が重要な役割を果たします。このリズム動機は楽章全体にわたって繰り返し登場し、エルガーが弦楽器の特性を熟知していたことを示しています。また、第1ヴァイオリンによるメインテーマが第3楽章で回帰することからも、このセレナーデが一体的な構造を持つことがうかがえます。

第2楽章「ラルゲット」は、ニューマンが「エルガーのペンから生まれた最も素晴らしい旋律のひとつ」と評した美しい主旋律が特徴です。この旋律は第1ヴァイオリンによって提示され、楽章の冒頭から終わりまで聴衆を魅了します。短調と長調を巧みに行き来しながら進行するこの楽章は、情感豊かでありながら過度にロマンティックにはなりすぎない、エルガー独自の洗練を感じさせます。

最終楽章「アレグレット フィナーレ」は12/8拍子で始まり、第1楽章の主題が再び導入されて楽曲全体を締めくくります。この回帰的な構造は、作品全体の統一感をさらに強調しています。中間部の旋律的アーチや半音階的な進行は、ロマンティックな要素を持ちながらも、エルガーが目指した簡潔さと抒情性のバランスを見事に体現しています。

エルガーの弦楽セレナーデが持つ意義

「弦楽セレナーデ」は、エルガーがヴァイオリニストとしての経験を活かして弦楽器の特性を引き出し、限られた音楽素材から豊かな音響効果を生み出した作品です。その簡潔で調和の取れた構成は、作曲当時のエルガーがいかに精巧な技術を持っていたかを物語っています。特に、弦楽器のリズム動機やメロディラインの処理において、彼の創造性が色濃く表現されています。

このセレナーデは、初期のエルガー作品の中でも特に重要視されるべきものであり、彼の後年の交響曲や協奏曲に通じるテーマ的・動機的な技法の萌芽が見られ、この作品は単なる「初期の習作」を超え、エルガーの音楽的アイデンティティを象徴する重要な作品となっています。

Elgar: Serenade for Strings – Concertgebouw Chamber Orchestra – Live concert HD 名曲5 ヴァイオリン協奏曲

エルガーのヴァイオリン協奏曲は、ロマン派音楽の頂点を象徴する作品の一つです。1910年に初演されたこの協奏曲は、当時の最高のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーの依頼で生まれ、エルガー自身の音楽的人生の集大成といえるものでした。そのスケールの大きさ、技巧的な難易度、そして深い感情表現は、他のどのヴァイオリン協奏曲とも一線を画し、今日もなお演奏家や聴衆から愛されています。

第1楽章は、厳粛でありながらも内面的な性格を持ち、静かな問いかけのように始まります。その後、爆発的な情熱を伴って展開し、エルガー特有の叙情的なメロディーと劇的な構造が交錯します。この楽章の調性が確立されるまでの曖昧さは、音楽的緊張感を高める効果をもたらし、聴き手を引き込む重要な要素となっています。エルガーは若い頃にヴァイオリンを演奏していた経験を持ち、それがソリストとオーケストラの対話の中に反映されています。独奏が始まった瞬間から、作曲者の声が直接聴衆に語りかけるような感覚が生まれます。

第2楽章は、この作品の中でも特に詩的でロマンティックな部分です。穏やかなメロディーが風のように柔らかく流れ、エルガーが友人でありミューズであったアリス・スチュアート=ウォートリーに宛てた手紙で「風の花」と名付けた主題が展開されます。この愛称に込められた親密な感情が、楽章全体に温かな雰囲気を与えています。この楽章は、ヴィクトリア朝時代の終焉とそれに伴う不安感を背景に、憧憬と失われたものへの想いを描写しているかのようです。

終楽章は、エルガーがこの協奏曲を通じて伝えたかった全ての感情が凝縮された部分です。ヴァイオリン独奏は、華麗な技巧を駆使しつつも、感情の高まりと静けさを交錯させます。特に、オーケストラの伴奏を伴うカデンツァは、極めて珍しい構造を持ち、熟考と郷愁に満ちた時間を提供します。この箇所で音楽が次第に減速し、過去の楽章の回想が繰り広げられる様子は、聴き手に深い感動を与えます。このカデンツァが終わりに近づくにつれ、エルガーが作品を終えることをためらっているようにさえ感じられます。

この協奏曲に込められた「謎めいた碑文」は、作品の核心にあるテーマを象徴しています。「Aqui está encerrada el alma de ……(ここに……の魂が祀られている)」というスペイン語の引用は、詩的で多義的な意味を持ち、聴衆の想像力を掻き立てます。この「魂」が誰を指しているのかは議論の的となっており、作曲家が愛したアリス・スチュアート=ウォートリーを指すという説が有力です。しかし、それ以上に、この魂はエルガー自身の音楽的情熱と個人的感情の象徴と見るべきでしょう。

エルガーは人生の多くをヴァイオリンに捧げてきましたが、この協奏曲は彼の音楽的遺産としての頂点に位置づけられます。初演後、評論家たちはこの曲を「魂の別れ」と評し、演奏者にとっても極めて困難ながら挑戦し甲斐のある作品とされてきました。この協奏曲におけるエルガーのメッセージは普遍的で、聴き手に「善良で優しい人間になろう」と訴えかけます。その音楽には、生涯にわたる喜びと悲しみ、愛と喪失が深く刻み込まれており、彼の作品が時代を超えて愛され続ける理由の一つと言えるでしょう。

最後に、フリッツ・クライスラーの言葉を引用します。「私はエルガーをベートーヴェンやブラームスと同じ位置に置く。彼の発明、オーケストレーション、ハーモニー、壮大さは素晴らしい。そして、それらは純粋で真の音楽である。」この協奏曲は、エルガーの真摯な創作姿勢と、その音楽が持つ普遍的な力を如実に示しています。

Itzhak Perlman – Elgar: Violin Concerto – Gennady Rozhdestvensky/BBC Symphony Orchestra
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