産経の社内にいたソプラノ歌手 竹村真実さん「オペラってこんなに楽しいんだよ」
産経の社内にいたソプラノ歌手 竹村真実さん「オペラってこんなに楽しいんだよ」東京特派員 湯浅博
2025/10/10 15:00湯浅 博- オピニオン
- コラム
海外赴任時には休日を利用して、人なみに音楽ホールや劇場をめぐった。米ワシントンのケネディ・センターで交響曲を聞き、シンガポールのビクトリアホールでも独唱のアリアを聞いた。
しかし、本格的なオペラになると二の足を踏む。確かにヴェルディの「椿姫」や、プッチーニの「蝶々夫人」の甘美な旋律は心地よい。ただ、豪華な舞台衣装に、大編成のオーケストラが観客を魅了する分、チケットが1万円を超えると尻込みをする。
まして、ミラノ・スカラ座やローマ歌劇場がまるごとやってくると、5万円や10万円にまで跳ね上がる。そうなると、一部の熱狂的なオペラファンしか楽しむことができないだろう。
そんな高根の花であるオペラのソリストが、ごく身近なところにいることを知った。前回、和風オペラ「裸の金次郎」を取り上げたところ、同僚から「編集局に本業がオペラ歌手のスタッフがいる」と聞かされたのだ。
オペラ歌手の竹村真実さん論説委員室にも姿を見せる竹村真実さんは、内外で活躍する折り紙付きのソプラノ歌手であった。一時は社内にオペラ歌手が4人、劇団員、お笑い芸人も交じって庶務の仕事をしていたというから、「本紙も文化の薫りが高い」と鼻を高くした。
ちなみに「裸の金次郎」を作曲、演出した伊勢谷宣仁さんも、学生時代に産経新聞の配達をしながら、産経スカラシップで入学金と授業料を受けて大学を出た逸材であった。
多くの音楽家たちは、仕事を持っているから、稽古は夕方からになる。彼らは、その熱い思いから苦労を少しもいとわないのだ。
さっそく、竹村さんが主役を演じるモーツァルト作曲のオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を荒川区のサンパール荒川で見た。ドレス姿の竹村さんが、舞台の真ん中で伸びのあるソプラノを響かせていた。ミュージカルと違って、オペラはマイクを使わない。その声量と透明感のある歌声に圧倒される。しかも、舞台は小ホールだから客席と近い。小編成のオーケストラとマッチして「コジ・ファン・トゥッテ」の妖しい世界に引き込まれていく。モーツァルトは恋人たちの愛と葛藤を軽妙に描き、聞く人を酔わせる不思議な音の響きだ。
舞台には荒川つつじオペラ合唱団の子供たちも登場し、オペラが身近なものになる。かくて「裸の金次郎」と「コジ・ファン・トゥッテ」の洗礼を受け、筆者のオペラ・イメージはすっかり変わった。
数日後、社内で会ったかのソプラノ歌手は「オペラがこんなに楽しいものなんだと感じ取ってもらえるのが一番なんです」と満足げであった。
竹村さんは山形県天童市の出身で、明治大学在学中にオペラの世界に触れ、東京音楽大学(声楽専攻)に転身した変わり種だ。彼女は友人に誘われて、明大のオペラ合唱サークルの新人歓迎コンサートをのぞくと、その歌声に衝撃を受けた。躍動感のあふれる音の世界に触れ、やがてオペラへの道を決意したという。
再入学した東京音楽大学を首席で卒業すると、難関の新国立劇場オペラ研修所を修了した。研修所在籍中、ミラノ・スカラ座研修所やバイエルン州立歌劇場研修所でも研修をしている。修了してフリーになると、オペラのオーディションを受けまくった。
演出家の求めに応じてなんでも引き受ける。趣味のカンフーを生かして、側転をしながら高い声を出すこともやってのけた。いま、彼女が力を入れているのは、オペラになじみのない地方公演だ。
荒川公演を終えると、糸魚川市民会館(新潟県)で「泣いた赤鬼」、次いで板橋区立文化会館で「カルメン」、そして故郷の天童市では、11月2日に初の自主公演である「愛の妙薬」と続く。
地方での自主公演になると、ソリストの手当てからアンサンブルの編成、舞台装置の組み立てに至るまで、1人でいくつもの制作上の仕事をこなさなければならない。「貯金は全部なくなりました」と屈託なく笑う。
「オペラってこんなに楽しいんだよ。私もオペラに出合って感動したんだよ、と子供たちに伝えたい」
情熱とチャレンジ精神さえあれば、苦労も失敗も乗り越えられることを確信した。
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