パブロ・ピカソの名言・格言
ピカソの名言には「私は捜し求めない。見出すのだ」、「優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」などがあります。
作風がめまぐるしく変化した画家であり、最も多作な美術家であったパブロ・ピカソ(1881~1973)の名言をご紹介します。
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目次
パブロ・ピカソの生涯
氏名 パブロ・ピカソ 英語名 Pablo Picasso 生年月日 1881年10月25日 没年月日 1973年4月8日 享年 91(歳) 国籍 スペイン 出生地 マラガ 職業 画家 名言 私は捜し求めない。見出すのだ。1881年10月25日、スペイン南部のマラガで生まれる。
美術教師の父のもとに絵を描き始め、11歳のときにラ・コルーニャの美術学校に入学。父もピカソの才能を認め、絵の道具を息子に譲り、自らが描くこともやめてしまう。
16歳のときに父の指導のもとで描いた古典的な様式の『科学と慈愛』が国展で佳作を受賞する。
その後、マドリードの王立美術アカデミーに入学するも学校で学ぶことの無意味さを悟り中退。
マドリードのプラド美術館に通い、ベラスケスらの名画を模写することで絵画の道を求める。
1901年、19歳のときにピカソはパリで初の個展。「青の時代」が始まる。
1904年にパリのモンマルトルに部屋を借りて、その後パリに腰を据える。
ピカソは作風がめまぐるしく変化した画家。それぞれの時期が「◯◯の時代」と呼ばれる。
1901年から「青の時代」として、青を主調に貧しい人びとを描いた。パリ定住後の1904年からは道化師、曲芸師を描く「ばら色の時代」。1907年~1908年はアフリカ彫刻の影響を強く受けた「アフリカ彫刻の時代」へと変貌。
その後も「セザンヌ的キュビスムの時代」「新古典主義の時代」「ゲルニカの時代」など、作風が変化していく。
晩年の作風は後の新表現主義に大きな影響を与え、死ぬまで時代を先取りする画家であった。
私生活では2回結婚し、3人の女性との間に4人の子どもをもうけた。ピカソは幼いころから鳩が大好きで鳩は生涯の友であり、重要なモチーフでもあった。
娘にもパロマ(鳩)と名づけ、そのパロマ・ピカソはジュエリー・デザイナーとなっている。
1973年4月8日、パブロ・ピカソは自宅で死去、91年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
パブロ・ピカソの名言・格言集
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