安治川の下に敷かれたフシギな77mの「河底トンネル通路」
2026.01.01- #街
「大阪ワンダーランド」第60回
関 真弓
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大阪には、不思議な場所がいくつもある。そのひとつが安治川(あじがわ)の河底トンネルだ。このトンネルが誕生したのは今から81年前、戦時中の1944(昭和19)年のことだ。以来、西区と此花(このはな)区をつなぐ通路として利用されている。知る人ぞ知る「安治川河底トンネル」とは何なのか?
西区九条側の安治川河底トンネル正面この記事の全ての写真を見る(全7枚)-AD-「源兵衛渡」の標識
大阪市西区九条。ここには大きな商店街がある。ひとつは大阪メトロ中央線の九条駅から京セラドーム大阪に向かう際、東側のみなと通に抜ける通り道にもなっているナインモール九条。もうひとつは、九条駅から反対側の北西方向に延びるキララ九条商店街だ。
約600メートルにわたるキララ九条商店街を抜けると、安治川に突き当たり、手前の道路標識には「源兵衛渡(げんぺいわたし)」と書いてある。何や、この古式ゆかしい地名は?
さらに進むと、安治川沿いにエレベーターが設置された4階建てのコンクリートビルが建っていて、エレベーターに次から次と人や自転車が吸い込まれ、そして出てくる。
「何、これ?」
「『ゲンペイのワタシ』やん。トンネル通って、川の向こうへ行けんねん」
「…???」
今から20年ほど前、私が安治川河底トンネルに初めて遭遇した時のことだ。
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