山口組「伝説の組長」・後藤忠政氏が死去 大物演歌歌手NHK紅白出演辞退騒動、ベストセラー『憚りながら』で話題
国内 2026.02.12 16:00 NEWSポストセブン 山口組「伝説の組長」・後藤忠政氏が死去 大物演歌歌手NHK紅白出演辞退騒動、ベストセラー『憚りながら』で話題 タレコミする2010年に刊行された『憚りながら』は20万部超のベストセラーに(宝島社文庫)
写真一覧六代目山口組の元直参組長で、後藤組創設者であった後藤忠政氏が2月8日に亡くなったことがわかった。83歳だった。
後藤氏は静岡県富士宮市出身。愚連隊を経て30歳で山口組系組織に加入し、「後藤組」を創設。「武闘派」として知られ、勢力を拡大し、1984年に四代目山口組で直参に昇格した。五代目・渡辺芳則組長時代には、若頭補佐と“執行部(若頭、若頭補佐らで構成され、組織運営の中枢を担う)”入りを果たしている。
後藤氏が一般社会に名を知られるようになったきっかけは2度ある。
後藤氏が山口組直参組長だった2008年10月、複数の演歌歌手が後藤氏の誕生日を祝うゴルフコンペに出席したことが報じられ、その年のNHK紅白歌合戦への出場辞退に追い込まれた。この報道は山口組内部でも大きな影響を与える。実話誌記者が語る。
「当時の山口組は神戸市にある総本部で月1の定例会を開いていたのですが、後藤組長はたびたび欠席をしていたようで、執行部は報道を問題視。“芸能人とゴルフをして世間に迷惑をかけた”ことというよりも、“定例会には来ないのにゴルフはやれるのか”というところが怒りを買ったようです。
執行部は後藤組長に説明を求めましたが、後藤組長は拒否。15日間に及んで緊張状態が続き、一部関係者の間では“後藤組長が離脱して抗争を起こすのではないか”と言われたほどでした」
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