180枚の写真が物語る 昭和のストリップ劇場の裏側
180枚の写真が物語る 昭和のストリップ劇場の裏側2021/6/4 08:00- エンタメ
戦後から昭和の終わりにかけて、大衆娯楽として人気を集めたストリップ劇場。娯楽の多様化などで少しずつ劇場が消えて行くなか、昭和40年代の劇場や楽屋の様子など貴重な写真180枚を収めたアルバムが見つかった。踊り子たちが楽屋で化粧をしたり、舞台で妖艶な踊りを披露したりと、セピア色の写真の中で交差する人間模様。消えゆくストリップ劇場の記憶を留める貴重な資料となりそうだ。
楽屋でのプライベートショット
「こんなん見たことないでしょう。古書業者の目から見てもまずお目にかかれない」
こう言って「古書あじあ號」(大阪市阿倍野区)店主の岡田榮一さん(70)が2冊の古いアルバムを取り出した。何の変哲もない普通のアルバムだが、中を開くと、裸の女性の写真が並んでいた。
サイズはそれぞれ縦21センチ、横25センチ、厚さ1・5センチで、厚紙の表紙に「ALBUM」とだけ書かれている。アルバムは、岡田さんが同業者から入手したもので、どういう経路をたどってきたかはわからないという。写り込んでいた建物から東京の国電中野駅前にあったストリップ劇場「銀龍座」に関連するものとわかった。
「銀龍座」のアルバムから銀龍座は昭和41年頃に開館したとされる。アルバムの大半は楽屋で撮影されていた。出番前の化粧や入浴、寝転がっての休憩など、踊り子たちの日常が切り取られている。なかには、舞台の合間に手芸をする様子なども収められ、若い女性らしい素顔も垣間見える。
「撮り方から見て、舞台写真以外は素人が撮影したものじゃないかな。とくに楽屋の写真は珍しい。こんなんが撮れるのは支配人か関係者。僕は支配人が撮ったんだと思うけど」と岡田さんは推察する。
ストリップは、舞台上で踊り子が音楽に合わせて服を脱いでいくショー。昭和22年、東京・新宿の「帝都座」から始まったとされ、女性のヌードの美しさやライブの楽しさで人気を呼び、最盛期には国内に300軒以上の劇場があったという。
衰退していく業界
しかし、時代の変化とともに客足が遠のき、同60年に改正風俗営業法の規制下に入り、業界そのものが衰退。現在の劇場数は20軒ほど。新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけ、今年5月20日には、中国地方で唯一残っていた広島第一劇場が46年の歴史に幕を下ろしたばかりだ。
「銀龍座」のアルバムからアルバムの価格は47万円(税込み)。4月に開催予定だったイベント「四天王寺春の大古本祭り」の図録に掲載され、これまでに2件の問い合わせがあった。
岡田さんは「当時の風俗を表した、ストリップ業界の極めて内部の資料だが、自分たちの生活の記録のように撮影している。その時代を知る人には懐かしく、知らない人には新鮮なのでは」と話している。
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