「ヘビが怖い!」の恐怖心が霊長類の進化に大きく関わっていた
2018.09.22- #生命科学
酒席で絶対ウケるおもしろ雑学 蛇編
齋藤 海仁
サイエンス・ライター
プロフィール- メール
- コピー
日本で唯一のヘビ専門研究所
ジャパンスネークセンターは、群馬県太田市の藪塚温泉街に隣接する丘陵地にある。文科省管轄のれっきとした研究所なのに、入口にある手作りのヘビの絵や年季を感じさせる建物がいかにもB級っぽい。好きだなあ、こういう雰囲気。
-AD-運営団体は「日本蛇族学術研究所」、通称「へび研」だ。日本で唯一のヘビ専門の研究所であり、毒ヘビに噛まれたときの血清の開発や治療法の研究もしているという。約100種800匹のヘビを飼育し、そのうちの60〜70種を展示している。
センターの入口主な施設は「毒蛇温室」、「大蛇温室」、「熱帯蛇類温室」、「採毒室」、「資料館」、「野外放飼場」、「食堂・売店」。で、食堂では案の定ヘビ料理を出している。
来たな。ヘビ料理――。
実を言うと、ジャパンスネークセンターに到着したのがちょうどお昼時だったので、ヘビは先に食べた。でも、ヘビを食べる話から始めて敬遠されたらイヤだから、この話は最後にする。ちょっとだけ言っておくと、やっぱり強烈だった。食べたヘビの種類はマ……いや、今はやめておこう。
園内にはコンクリートの壁で囲まれた「野外放飼場」がいくつかあり、おなじみのシマヘビ、アオダイショウ、マムシが飼われている。だが、晩秋の取材だったので、残念ながらシマヘビ一匹しか見つけられなかった。
外温性(変温)動物のヘビは冬は冬眠し、夏の日中はよく日陰で涼んでいるため、野外で観察するには、適した時期がある。ベストは異性を求めて活発に活動する繁殖期。シマヘビとアオダイショウはゴールデンウィークの頃、マムシは9月だそうです。
続いて人気の展示である「毒蛇温室」へ。世界中の毒ヘビや色彩の美しいヘビを集めたデンジャー・ゾーンだ。中に飼われているヘビだけできっと相当な数の人間が殺せるんだろう。もちろん、見るだけなら危険はない。
さまざまなヘビが数メートル四方ないし三方のスペースで飼育されていて、ガラス越しに見ることができる。ガラスに金網が張られているのは特に危険な種類なのかな? クレオパトラが自殺に使ったと言われるエジプトコブラもいるゾ。
そんなこんなで、世界最大の毒ヘビであるキングコブラから日本のハブまで20種強。これだけ毒ヘビが並んでいると壮観だ。
ついでに前々から気になっていたことをスタッフの1人に聞いてみた。
毒ヘビにもリスクはある
「ヘビには毒のあるやつとないやつがいますけど、毒ヘビのほうがやっぱり有利なんですか?」
「よく聞かれるんですが、そうとも限りません。毒ヘビには2つのリスクがあるんですよ」
-AD-ひとつは相手を噛んでもすぐに死なないことだという。
毒があるとはいえ、噛んだら獲物が即死するわけではない。すると、返り討ちにあう恐れがある。そのため、ヒット&アウェイという戦略をとるヘビがいる。彼らは毒牙で噛んだあといったん獲物を放し、臭いをたどって追いかけていって、獲物が倒れたのを確認してから飲み込む。毒の使い方としてはそのほうが安全だ。
もうひとつは毒が効かない場合があること。ヘビを食べる動物には毒に耐性を持つ種類がいるという。こうなると毒が頼みの毒ヘビとしてはまったくお手上げだ。あ、そもそも手はないか。
「毒ヘビのリスクはわかりました。じゃあ、無毒のヘビはどうやって獲物を捕まえるんですか?」
「噛んだ瞬間、ぐるぐると素早く巻き付くんです。体全体に巻き付かれてしまったら、相手はもうどうにもなりません。ヘビの体型を実にうまく利用した捕食の仕方だと思います」
巻き付いたヘビは獲物が息を吐いたりもがいたりするたびにどんどんきつく締め付けてゆく。すると、獲物は窒息するか、心臓が圧迫されて血液の循環が止まるかして死に至るのだそうだ。
「毒ヘビには筋肉があまり発達していないものが多い。ですから、毒ありと毒なしでは攻撃パターンが全然違っていて、必ずしも毒ヘビのほうが有利とは言い切れないんですよ」
ってことはコブラツイストはウソだったのか!
そう聞いて、「毒蛇温室」でわずかながら展示されている無毒のシロヘビ(アオダイショウのアルビノ)とアメジストニシキヘビを見てみると、確かに体にぷりっとした張りがあって筋肉質っぽかった。無毒のヘビはマッチョ派なのだ。
毒をもつクサリヘビ科。顔は禍々しいが、身体はスマート 無毒のボア科。獲物を絞め殺すため、極太の巨体をもつそんなマッチョ派の代表といえばやっぱり大蛇。そこで、続けて「大蛇温室」を覗いてみた。
ニシキヘビやアナコンダなどの横綱級がそろい踏みだ。これらはすべてボア科である。飼われている個体は平均すると体長3、4メートル前後。「毒蛇温室」のヘビと比べると明らかに長く、何より太いのに驚く。
ちなみに、『最新ヘビ学入門 90の疑問』(平凡社)によれば、これまでに発見されたヘビの世界最長記録はアミメニシキヘビの10.1メートル(11.5メートルというアナコンダの記録があるものの怪しいらしい)。
このサイズになると、胴回りはゆうに1メートルを超える。人間ひと巻き1メートルなら、10回は巻ける。余裕で全身を巻かれてしまうだろう。毒も嫌だけど、こんなのに巻き付かれて死ぬのも嫌だなあ。
ヘビが繁栄したのは、哺乳類をエサにしたおかげ
毒ヘビと無毒のヘビの獲物の殺し方の違いはわかった。では、そもそもヘビとはどういう生きものなのか。知れば知るほど気になってきた。
そのへんのところは「資料館」で詳しく展示、解説されていた。
-AD-で、ヘビとはいったい何者なのか。
手足がなくてくねくね這い回る爬虫類?
いや、その定義では不足らしい。アシナシトカゲのようにヘビそっくりの手足のないトカゲもいるし、実は足のあるヘビの化石もけっこうある。つまり、足がなくなることはヘビにとって一番重要なことではない。
ヘビとトカゲのいちばんの違いは、脳の保護と獲物の「丸飲み」だという。
トカゲの脳の保護はいい加減で、上アゴと下アゴが固定されていて、獲物を噛みちぎれる。対して、ヘビの脳は骨でしっかり包まれていて、アゴをかなり自由に動かせるが、獲物は噛みちぎれない。どういうことかというと、ヘビの骨格は獲物の丸飲みに適した造りになっているのである。これがヘビの一番の特徴で、おそらく小型の哺乳類を丸飲みするところから進化が始まったからだろうとのこと。
現在知られている最古のヘビの化石は1億3500万年ほど前のもの。当時の気候は温暖で、恐竜を含めた大型爬虫類の全盛期であり、哺乳類はまだマイナーだった。ヘビが餌とする小型哺乳類の数も少なく、ヘビ自体もマイナーな存在だったに違いない。
状況を一変させたのは約6500万年前に起きた小惑星の衝突である。この大惨事を境に(鳥以外の)恐竜は絶滅し、地球はいったん冷えて爬虫類から哺乳類の時代に突入する。
爬虫類のヘビもそのあおりを食らいそうなものだが、しかし、小型哺乳類を餌にしていたことが幸いした。現在、哺乳類の数は4000種強。そのうちの半数以上がネズミ目で、約4分の1がコウモリ目だ。すなわち、大半が小型種ということ。ヘビにとっていまはまさにおいしい状況である。
興味深いことに、ヘビが霊長類の進化に大きな影響を与えたという非常に面白い話もある。
他の哺乳類と比べると、霊長類は視覚が優れ、脳が大きいという特徴がある。その理由として、従来は霊長類が“手近な果物や昆虫など”に手を伸ばしてつかんできたためと言われていた。
ところが、最近の脳研究によって、手を伸ばしてつかむことと優れた視覚システムにはなんの関係もないことが明らかになってきたという。
そこでカリフォルニア大学のイズベル教授が、霊長類のこのような特徴は、“視野の下のほうをゆっくりと這うヘビ”をいち早く発見し、身を守るために進化したという仮説を発表した。
なかでもぼくが個人的に一番興味を持ったのは、蠢(うごめ)く菱形のパターンや、やはりくねくねと動く竿状のもの(まるっきりヘビだ!)に反応する細胞が哺乳類の脳にあり、それが脳の“恐怖モジュール”と密接に結びついているという点である。
恐怖モジュールは、捕食者から逃れるために初期の哺乳類が発達させたシステムで、これが発動すると、瞳孔が拡大し、心拍数が上がり、さらには脳へのエネルギーの供給が一気に増える。いわば厳戒態勢だ。
この事実はヘビをまったく見たことのない実験室育ちのサルが、ヘビへの恐怖はいとも簡単に学習するのに、他のものに対しては覚えが悪いという有名な心理学の実験結果とも一致する。
この仮説によれば、ヘビへの恐怖はあらかじめ霊長類の脳内にセットされているわけで、生理的なヘビ嫌いにはこんな裏付けがあるのかもしれない。
そういえば、一時バズった動画に「キュウリを怖がるネコ」というのがあったっけ。あの説明でもキュウリ=ヘビ説というのがあったように、哺乳類にはそもそもヘビへの恐怖が脳に植え付けられていてもおかしくはないだろう。
とにもかくにも、得体の知れない恐怖は畏怖や崇拝につながる。おまけにヘビは定期的に脱皮するし、男性器の形にも似ているから、なおさら死と再生というイメージと結びつきやすいのだろう。ヘビが神話や宗教によく登場するのはもっともである。
名物マムシ料理の味やいかに?
そうこうしているうちにイベントの時間が来たので、「採毒室」へ移動した。この日は採毒と毒噴きが行われる予定になっていた。
最初は採毒だった。ガラスの向こうに白衣のスタッフが登場し、ケージを開けて取り出したヘビはハブ。鈎が付いた棒でしっかり頭を押さえ、そのやや後ろをつかんでメートルグラスのふちに上アゴを押し当てると黄色い液体がグラスのふちを伝った。
-AD-ヘビの口の開け方がすさまじい。ヘビとトカゲの違いの説明で聞いたように全開バリバリだ。しかも、本当にアゴが左右にも大きく開いている。こんなふうに口を開ける脊椎動物は確かに他にいないだろう。この大口こそヘビのアイデンティティ。一見の価値ありである。
ハブの採毒。牙から黄色い毒液が滴る続いて毒噴きだ。主演はアカドクフキコブラ。クサリヘビ科のハブに比べると、やっぱり顔がかわいいな。そう思ってガラス越しに顔をのぞき込んだら、すかさず毒を噴かれた。しかも、目の位置に正確に毒液が飛んでくる。ひぇ〜。完璧な顔認識機能である。コブラが毒を噴くのは防御のためで、毒が相手の目に入ってもだえ苦しんでいる間に逃げるのだそうだ。
毒液を噴くアカドクフキコブラこのあとは、アオダイショウにさわらせてもらったり、「熱帯蛇類温室」に展示されていた「世界最強の毒ヘビ」ブラックマンバを見たりした。だが、いかにブラックマンバが最強の毒ヘビとはいえ、一番怖い動物は明らかに人間だ。人間はなんでもする。どんなことでもする。毒ヘビだって食べちゃうんだから。
というわけで、ヘビ料理である。
包丁を振るうのはヘビ料理歴44年の名料理長だった。ヘビは天然8年ものの雌のマムシ。料理長はさすがに手慣れたもので、マムシを取り出すと、クリップで尻尾を留めて逆さ吊りにして腹を割き、血と心臓をグラスに取り分けた。次に皮を剥いで、ワタと卵をキレイに取って下ごしらえは終わり。
マムシ料理はハンバーグと姿焼きの2種類。まずは血と心臓を飲み干した。ほとんど生臭くなく、すんなり喉を通る。
ハンバーグと姿焼きの味付けは蒲焼き風の甘辛で、毒ヘビのマムシは肉が薄く、軟骨も残っているため、少し骨っぽいのが気になったものの味は悪くない。
特筆すべきはマムシの卵だった。それも孵化直前のやつだ。卵胎生のマムシの卵は、透明なゼリー状で、直径二センチくらいの楕円形の卵の中に、マッチ棒程の太さの子マムシが入っている。どこをどう見ても、食べるには勇気がいる見てくれだ。
ところが、これがうまいのなんの。最初、皿に載って出てきた時にはびびったけど、食べてみたら意外や意外。白身が甘くとろけるようで、ヘビ化した部分の歯ごたえもあり、実にうまい。きっと栄養たっぷりなんだろう。
マムシのフルコース。左側の丸っこいのが卵料理長によれば、マムシよりもシマヘビのほうがおいしいらしい。マムシの旬は夏から秋で、それ以外はシマヘビを出すという。シマヘビは刺身もいけるそうだ。ヘビ嫌いの人もそうでない人も、ジャパンスネークセンターに来て、ヘビを見て、目と耳と舌でヘビを味わってみるべきですよ、これは。
ヘビ料理だけにちょっとヘビーかな? 手も足も出ない? 蛇足でしたか……。
ジャパンスネークセンター 群馬県太田市藪塚町3318 ☎0277—78−5193 開館時間 3月~10月 9時~17時 11月~2月 9時~16時30分 休園日 毎週金曜日関連記事
- 築地市場にいる1万匹のネズミたちが、閉鎖後一気に向かう先
- 人事評価で「上位5%」に入った人たちの働き方「驚きの共通点」
- 子どもの学力は「母親の学歴」で決まる…? 文科省の衝撃レポート
- 記事をシェア
- 記事をポスト
- 記事をシェア
関連タグ
- #生命科学