神社と古事記
『三代実録』に人名記載、周囲に21基の古墳、水銀と秦氏 [住所]福井県小浜市太良庄22-2 [電話]- 丹生神社(にうじんじゃ)は、福井県小浜市太良庄にある神社。小浜線の東小浜駅の北西、西には曽尾神社がある。御朱印の有無は不明。 『延喜式』巻9・10神名帳 北陸道神 若狭国 遠敷郡「丹生神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では無格社。 創祀年代は不詳だが、一説に奈良時代前期の養老4年(720年)という。当初は丹生神を祀り、御祭神は埴安神(土神)、罔象女神(水神)と解釈されている。 古来、一宮と呼ばれていたが、これは太良庄最初の宮の意だという。当社が、昔「丹生郷」に属していたとする説があり、太良庄も丹生村と称していたという。 『日本三代実録』貞観12年(870年)の条に「遠敷郡の人の丹生弘吉」という名が出てくる。丹生氏の居住地だった。 当地が丹を生じる地、つまり水銀の生産に関連した場所だったことは間違いないと思われるが、郡名の遠敷(おにゅう)との関わりが指摘されることもある。 当社の周辺には21基の古墳が点在しており、現在では閑散とした農村であるが、その昔は鉱物採取で賑わったとも考えられている。 また、当社の北には正林庵があり、本尊は飛鳥時代後期から奈良時代の作で、若狭国最古の金銅仏である銅造如意輪観音半跏像。 帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である広隆寺の弥勒菩薩半跏像との共通点が指摘されることがある。 つまり、当地は水銀生産地であり、かつ秦氏の影響下にあった可能性があり、この環境の下で、当社の創祀、及び管理が行われていた、のかもしれない。 当地は鎌倉時代から約250年にわたって、京都の東寺、つまり教王護国寺の荘園だったという。いつ頃か、当社も遠敷明神を勧請し、現在は彦火火出見尊を御祭神とする。 例祭は10月10日。社殿は小さな本殿と、横に並んで天神社がある。その社殿左右には、明治42年(1909年)9月建立の出雲丹後の狛犬が安置されている。 【ご利益】 地域安全、産業振興、事業成功、家内安全 【関連記事】 ・福井県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、福井県に鎮座している神社の一覧 タグ :#丹生神社#福井県#小浜市#若狭#若狭国の式内社#福井県の旧無格社#山幸彦#ミツハノメノカミ#ハニヤスビコノカミ- < 前の記事
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