愛子さまは豊臣家の子孫である…7人の子を産み秀吉の血脈を今につなげたもうひとりの「北政所」
豊臣秀吉と戦国武将の系譜 #日本史 #豊臣 秀吉 2026/01/12 9:00- #1
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- 菊地 浩之 +フォロー 経営史学者・系図研究者
2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」がスタートした。この時期になると、主人公の末裔を取材する記事が散見される。
結果から言ってしまうと“豊臣兄弟”の直系の子孫はいない。兄・豊臣秀吉は、子の豊臣秀頼が大坂夏の陣で自刃し、その子の国松は処刑された。国松の姉妹は尼となり、血筋は絶えた。
一方、弟・豊臣秀長には一男二女がいたが、長男は早世し、二人の娘には子がいなかった。
だから、豊臣家の子孫という場合には、①秀吉の正室・寧(高台院)の実家である木下家、②秀吉の甥・豊臣秀勝(小吉)の娘の子、孫を豊臣一族の末裔とするテレビなどの企画が多い。さらに、③秀頼、もしくはその子・国松が実は生きており、九州に逃亡したという説もある。
正室・寧の実家である木下家のちの高台院・寧の実父は杉原助左衛門すけざえもん(定利)といい、寧には異母兄が一人いる。
秀吉の妻、寧(高台院)の肖像画(高台院所蔵)(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)その異母兄・木下家定は秀吉から木下を与えられた(一説には、杉原家が過去に木下を名乗っていたからという説があるが、系図を見る限り、そうした形跡はなく、秀吉が杉原家から木下を拝借したのではなく、秀吉が杉原家へ木下を与えたと考えた方が妥当だろう)。
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