ふるさと加東の歴史再発見
ふるさと加東の歴史再発見

ふるさと加東の歴史再発見

         10日(水)、県議会の農政環境常任委員会が東播淡路地区の調査で、北播磨の水がめ、鴨川ダムを訪れ、東条川疏水の取り組みを調査しました。  今年は全国的に渇水と高温が続き、特に農業への影響が大きかった夏でした。しかし、鴨川ダムと東条川疏水によって、加東、小野市域への給水を続けることができました。この地方は全国的にも降水量が少なく、水不足に悩まされていましたが、大正13年の大旱魃がきっかけとなり、三草山(加東市上三草)の山麓に巨大なため池が建設されました。これが昭和池です。昭和池から延びた水路によって、水田に水が送られるようになりました。  そして、敗戦後の食糧増産のために昭和26年には、鴨川ダム(東条ダム)が造られました。占領下、戦後第一号の国営ダムの建設でした。このダムから幹線水路が延びて、遠く、加東市や、小野市域の台地、ため池、水田に水が送られるようになりました。この鴨川ダムや昭和池と水路網を合わせて「東条川疏水」と呼び、全国疏水百選にも選ばれています。兵庫県、近畿農政局、地元の土地改良区団体などを中心に、大学や小学校、各種団体、企業などで東条川疏水ネットワーク博物館協議会が立ちあげられ、この貴重な地域の宝を次世代に伝えようと、もう10年以上さまざまな活動に取り組んできています。鴨川ダムの完成した11月23日は「東条川疏水の日」と制定されました。屋根のない博物館「東条川疏水博物館」として、ダムや幹線水路、サイフォン、水路橋、分水施設、ため池などがいわば博物館の展示物というわけです。  この疏水は、今では、農業用水のみならず、上水道の水源としても活用されており、まさに「命の水」となっています。また、疏水流域には古い歴史や伝統文化が育まれ、地域の人々によって大切に継承されています。  その鴨川ダムを県議会が訪れ、東条川疏水の役割やネットワーク博物館の活動などを知り、今後の議会活動の参考にしてもらうことが今回の調査の目的でした。ダム湖(東条湖)の水位は下がり貯水率は約55%ということですが、稲刈りまで給水は大丈夫ということでした。
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