40億円の遺産と雲隠れ「高倉健」養女の謎 有名になるほど人は孤独になる
週刊誌、私はこう読んだ #遺産相続 #芸能人 2017/10/02 15:00 40億円の遺産と雲隠れ「高倉健」養女の謎 有名になるほど人は孤独になる PRESIDENT Online- 元木 昌彦 +フォロー ジャーナリスト
長嶋茂雄、吉永小百合、高倉健。
1970年、私が編集者になった頃、死んでも会いたいと思ったのが、この3人だった。
長嶋とは引退後に何度か食事をした。雑誌の対談に出てもらったことがある。サユリにはグラビアの撮影などでも会ったが、強く印象に残っているのが、川端康成の葬儀の日のことだ。
森 功『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』(講談社) 全ての画像を見る(1枚)新米社員だった私は、裏木戸を見ていてくれといわれた。葬儀が始まってしばらくすると、木戸口から入ってくる女性が目に入った。遠目からでも吉永小百合だとわかった。
初心な私は、彼女を案内する間、口もきけず倒れそうなぐらい緊張した。喪服のサユリはため息が出るほどきれいだった。
高倉健には2度インタビューで会っている。最初は新作映画の記者会見場だったと記憶している。立ち話だったが、「よろしくお願いします」と20代の若造に丁寧に頭を下げた。『昭和残侠伝』の花田秀次郎がそこにいた。
2度目は、たしか青山にあった彼の行きつけの喫茶店だったと思う。緊張していたので何を話したかは忘れたが、コーヒーの話題を覚えている。
コーヒー好きで知られる高倉健だが、日に何十杯も飲むからインスタントでも何でもいいんです、そういって照れたように頭をかいた。
高倉の最後を見届けた唯一の人間男が惚れる男というのは彼のようなことをいうのだろう。もともとファンだった私は、彼の行きつけの店をいくつか回った。京都のイノダコーヒーはもちろん、田中邦衛に教えられた嵐山・渡月橋近くの「霧そば」、喫茶店「花の木」。ハワイのベトナム料理店「マイラン・ベトナミーズ・レストラン」ではサムに高倉健専用ルームに案内してもらって、彼とツーショットを撮ってきた。
健康フリークで、ヒマがあれば運動をしていた彼も、『単騎、千里を走る』(2005年)あたりから年を感じさせ、遺作になった『あなたへ』(2012年)では老いが目立った。
2014年11月10日悪性リンパ腫で死去、享年83。
死後、しばらくしてから、彼に養女がいたことが報じられた。小田貴という女性だ。高倉の最後を見届けた唯一の人間。40億円ともいわれる遺産を受け継いだ。
だが不可解なことに、彼女は高倉の死を福岡にいる高倉の実妹にも知らせず、死後2日で火葬してしまったのである。実妹が、遺骨を分けてほしいというと、遺言で散骨してくれといわれたからと断っている。
次ページ 1 2 3 4『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』(講談社)
- 著者 森 功
『高倉健インタヴューズ』(小学館)
- 著者 野地 秩嘉
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