ヨドバシカメラで流れている「あの曲」の英語版から分かること
2017.06.25- #音楽
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日本語版に存在しない歌詞とは?
片岡 義男
作家
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いま住んでいるところから電車でひと駅の町にヨドバシカメラがある。開店して20年にはなるだろうか。いろんな物を買った。
もっともたくさん、しかも頻繁に買ったのは、フィルムだ。何種類ものカラー・リヴァーサル・フィルムが山積みされていた。買いにいくたびに、そこから選ぶのだ。
その作業は楽しかった。結果として、じつに多様なカラー・リヴァーサル・フィルムを買い、使うことになった。いろんなフィルムを使ってますね、アグファがありましたよ、と富士フィルムの人に言われたことがある。
カラー・リヴァーサル・フィルムを10本ほど選んで買うのに、けっして一時間はかからなかった。そのあいだに、『ヨドバシカメラの歌』を7回や8回は、主として聴覚で受けとめたのではなかったか。店内で盛んに再生されていたからだ。日本の女性歌手が日本語で歌うのと、おなじ歌手が英語で歌うのと、ふたとおりあった。
いまヨドバシカメラの店内に入っても、この歌を聞くことは出来ない。少なくとも僕の近所の店では再生されていないから。この歌を聞かなくなって7、8年は経過しているだろう。
-AD-日本語の歌詞の、新宿本店におけるもっとも基本的な部分は、次のとおりだ。
「まあるい緑の山手線 まんなか通るは中央線 新宿西口駅の前 カメラはヨドバシカメラ」
おなじ女性歌手が英語の歌詞でも歌っていることは知っていたが、増えつつある外国からの客を意識してのことだろう、という程度の認識を越えるものではなかった。
その英語の歌詞で、自分が聞き取れたところを披露し合うというごく軽い遊びが、飲み屋の席で流行のようになった時期があった。英語の歌詞に僕が注意を向けるようになったのは、このときからだ。
英語版ならではの歌詞の工夫自分が聞き取れたところだけ披露し合う遊びは、それが成立するだけの理由があった。聞き取りにくいのだ。
しかし、日本語の歌詞の英訳だろうということはまず確かなのだから、日本語の歌詞を思い浮かべながら英語の歌詞を聞くなら、見当はつくという意味において、すべては聞き取ることが出来るのだった。
『ヨドバシカメラの歌』にも、日常の現実のただなかで確実に進行しつつあったバイリンガルヘの道は、存在したのだ。その頃の僕が気づかなかっただけだ。
「まあるい緑の山手線」という歌詞を受けとめて、東京の山手線という電車の車輛が丸いかたちをしていて緑色なのだと理解する人は,日本で日本語で育った人のなかには、おそらくひとりもいない。
東京全図のような大きな一枚の地図で東京のぜんたいを見るとき、山手線の走る経路は、いびつではあるけれど確かに環状となっている事実が、日常の日本語では、「まあるい」と表現され、それで意味は正確に伝わる。「緑の」とは、その山手線の車輛に塗装されていた色のことだ。
-AD-英語だと、「まあるい」とだけ言うわけにはいかない。もっと客観的に事実を述べなくてはいけない。ごく簡単に言って、山手線は「円のかたちに走行する」のだから、そのとおりに言うと、英語版の歌詞はRunning in the circleとなる。「円のかたちに走行する」がisで結ばれるのは、the green Yamanote Lineである、ということになる。Isは現在の事実の提示なのだ。
〔PHOTO〕GettyImages「まんなか通るは中央線」の部分では、「通る」というきわめて中立な、それゆえに汎用性の高い言葉に、ぜんたいを支えさせている。英語だとこうはいかない。しかもこれは曲がりなりにも歌詞だから、山手線で使ったRunning in the circleに対比された言葉づかいをしなくてはいけない。
僕がまず聞き取ったと思ったのは、Coming through the middleだったのだが、comingではなくcuttingだということが、少しあとでわかった。Cutting through the middleは、まんなかぶち抜く、というような言いかたに近い。Running in the circleとCutting through the middleが、対比されている。
そしてここでもisが現実を提示していて、その現実はなにかというと、the orange Chuo Lineだ。日本語の歌詞には中央線の色であるオレンジは出てこないが、英語版の歌詞では、山手線のgreenと対比させてorangeを出さないわけにはいかない。
替え歌が有名すぎて原曲を知らない「新宿西口駅の前」は英語にするにあたって、工夫が必要。「新宿西口」は、Shinjuku west exitとなっている。ほかにも言いかたはあると思うが、英語をうまく譜面に載せなくてはいけない。
新宿駅西口の改札を足早に出なさいよ、という気持ちをひと言であらわすと、Hurry out of Shinjuku west exitとなって、このとおり初めからうまく譜面に乗っていくが、最後にひと言だけ足りない。ひと言とは、この場合、一音だと思っていい。
「駅の前」という言葉は、かならずしも現実を映してはいない。新宿駅の西口改札を出てからかなり距離のある、しかもけっして「前」とは言いがたい場所に、ヨドバシカメラ本店は位置している。
このことを歌詞のなかに盛り込まないまでも、西口改札を出ると、ほら、そこに、という期待感としての一語を見つくろうと、Hurry out of Shinjuku west exit, thereとなって、譜面とも一致する。
-AD-「カメラはヨドバシカメラ」という最後の一行は、英語の歌詞では、そのすぐ前の行の最後の一語であるthereを受けて、ヨドバシカメラがそこにあります、としてある。
日本語で言うと「ある」だが、英語だとyouが行為すべての主体となるから、ここにヨドバシカメラがある、と見つける人もyouであり、したがって、You’ll find Yodobashi Camera.となる。それはそこに「ある」のではなく、行為の主体であるyouが見つけるのだから、you’ll findという言いかたになる。そしてこれは定型的な言いかただ。
この『ヨドバシカメラの歌』のメロディは、日本では『リパブリック讃歌』として知られている。原題のThe Battle Hymn of the Republicを直訳すると『この共和国の戦争讃歌』となる。歌詞は1861年の11月にジュリア・ウォード・ハウという女性によって作詞された。
メロディは『ジョン・ブラウンの亡骸』という歌を引き継いでおり、元々はウィリアム・ステッフが作曲した讃美歌だったと言われている。日本には『権兵衛さんの赤ちゃん』や『ともだち讃歌』の替え歌がある。
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