シドニー五輪の野球は屈辱4位…足並み揃わなかったプロ選手の派遣
シドニー五輪の野球は屈辱4位…足並み揃わなかったプロ選手の派遣

シドニー五輪の野球は屈辱4位…足並み揃わなかったプロ選手の派遣

シーズン中でも協力的なパ・リーグと出し渋ったセ・リーグ

世間では大きな話題となり盛り上がった。これまでアマチュアの聖域だったオリンピックの舞台に、2000年シドニー大会からプロの参加が認められることになった。特に1999年からプロ入りした平成の怪物・松坂大輔がエースとして日本代表に加わるというのはホットなトピックとなった。 今となっては昔のことだが、当時の球界には楽天イーグルスは存在せず、日本ハムの本拠地は東京ドーム、ホークスはダイエーであった。パ・リーグは人気低迷に悩んでおり、注目度を集める意味でも五輪には協力的だった。その反面、セ・リーグは選手派遣に関して足並みが揃っていなかった。 プロアマ混成チーム。一口に言ってしまえば簡単だが、チームをまとめる上での苦労は計り知れない。年俸が億を超える超一流のプロ野球選手と、月給ン10万円の社会人と大学生が同じフィールドで野球をする。ここに少なからずのギャップがないわけはない。 代表監督は東芝の大田垣耕造氏が務めた。この事実から、チーム編成はあくまでアマ主導であることは理解できる。ただ、当時のチームスタッフは「プロが入ることによって、そこで頑張っていた誰かがメンバーを外されることになる。態度や言葉に出さなくても『ハイ、そうですか』と簡単に割り切れない人間がいたことは確かですよ」と証言するなど、一枚岩となるには難しい状況だった。

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