TomyDaddyのブログ
「語る―人生の贈りもの―」という朝日新聞のインタビュー記事を読んでいたら、朝日歌壇の選者の一人高野公彦さんが載っていた。昨日(1月14日は三回目で、工業高校を出て日産自動に入社したが肌があわなくて、「やめてもいいかと親元に手紙を書いたら、好きにしていいと言われ、辞めた。それから大学受験を目指して猛勉強を始めた」と書いてあっった。今日(1月15日)4回目では、1962年に東京教育大学(現筑波大学)文学部に入学と書いてあった。
〈葛野花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり〉という歌にひかれ、超空の歌集を大学の図書館で写し始めました。好きだから、写したくなったんです。・・・・土屋文明の歌もいいなと思い、同じ大学ノートの反対側から写していました。たとえば、〈朝々に霜にうたるる水芥子となりの兎と土屋とが食ふ〉。・・・・ しばらくひとりで短歌を作っていましたが、うで試しをしたくなり、下宿でとっていた朝日新聞の歌壇欄への投稿を始めたのが大学2年の夏でした。 (聞き手・佐々木幸子)
興味深いので抜いて書いた。こうして、歌人・高野公彦さんが生まれてくるのか。馬場あき子さんが抜けたので、朝日歌壇の長老選者なんだろう。
続く
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