「おいしゅうございました」入院した父が私を認識できない、、、それでも『悲しくない理由』は
「おいしゅうございました」入院した父が私を認識できない、、、それでも『悲しくない理由』は- 2026.1.18
筆者の父が入院したときのこと。手術や環境の変化による一時的な混乱から、筆者のことを認識できなくなっていました。それでも不思議と悲しさはなくて……?
厳格だった父が見せたまさかの姿
高齢の父が体調を崩し、入院したときのことです。手術や環境の変化による一時的な混乱から、私のことを認識できなくなっていました。
食事を終えた父に「おいしかった?」と声をかけると、「おいしゅうございました。ありがとうございました」と、丁寧すぎるほどのお礼が返ってきます。歯磨きを手伝ったときも、同じ調子で深々と頭を下げるのです。どうやら私のことを、看護師さんか介護士さんと勘違いしていたようでした。それまで想像していた「忘れられるショック」を、不思議と感じる暇もありませんでした。
“怖かった父”とはまるで別人
子どもの頃の父は、厳格で、正直少し近寄りがたい存在でした。挨拶や礼儀には誰よりも厳しく、家の中にはいつもピリッとした緊張感が漂っていたものです。しかし今、私を娘だと認識できていない父は、どこか他人行儀で、どこか可愛らしい。“怖かった父”とは別の優しい人物に出会ったような、不思議な感覚になりました。
父がもともと持っていた優しさ
弱った父の姿を見つめながら、ふと気づいたことがあります。父は昔から、「人に迷惑をかけるな」「感謝を忘れるな」が口癖で、礼儀をとても大切にしていました。子どもに口うるさく言っていたのも、そうした強い思いがあったからなのでしょう。「ああ、これは父の根っこなんだ」そう思った瞬間、胸がふと温かくなりました。父を象徴していた厳しさという「殻」が剥がれ落ち、その奥にある“芯”だけが、最後まで変わらずに残っていたのです。
認識されなくても、関係は消えない
父はもう、私を娘として認識できないのかもしれません。それでも不思議と悲しさを感じなかったのは、目の前の父がとても穏やかで、その振る舞いに父の歩んできた人生の誠実さが滲み出ていたからです。かつては怖くて、近寄りがたい存在だった父。厳格さの奥に隠れていた、礼儀正しさや素直な優しさが、最後に残ったのだと思うと、なんだか愛おしく感じます。父の新しい一面に出会えたことで、私たちの関係はまた一つ、深まったような気がしています。
【体験者:50代・筆者 回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒヤリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大下ユウ歯科衛生士として長年活躍後、一般事務、そして子育てを経て再び歯科衛生士に復帰。その後、自身の経験を活かし、対人関係の仕事とは真逆の在宅ワークであるWebライターに挑戦。現在は、歯科・医療関係、占い、子育て、料理といった幅広いジャンルで、自身の経験や家族・友人へのヒアリングを通して、読者の心に響く記事を
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