日露戦争、その後
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  • 日露戦争後の日本
  • 欧米列強の仲間入り
  • 南満州鉄道
  • 三国協商
  • 中華民国の成立

日露戦争後の日本

こんにちは。前回は日清日露戦争のお話しでした。いずれも日本の勝利に終わった2つの戦争ですが、これらの戦争が世界にもたらしたものは一体何でしょうか。ポイントを絞ってみていきましょう。

1 日本が欧米列強の仲間入りを果たした。2 ロシアのアジア撤退により、イギリスがロシアと協調体制をとった。3 アジアの民族運動が活発化した。

日露戦争の勝利により、日本は欧米列強への正式な仲間入りを果たしました。アジアと言えば、列強に好き放題に占領分割されるという時代でしたね。

古くは大航海時代から植民地政策が始まったんですよね。

「欧米列強には従わざるを得ない」そんな常識を覆したのが日露戦争でした。

そうか!清に勝ったのもすごいけど、ロシアに勝ったことは欧米列強に勝ったってことなんだ!

小さなアジアの島国がロシアに勝った。これはアジアの諸民族に大きな刺激を与えました。

自分たちも欧米の言いなりだけで良いのか?と思ってしまいますよね。

こうしてアジアの民族運動が活発化して行きます。そして日本に負けたロシアはアジアからバルカン方面進出へ方針転換します。するとロシアは、イギリスと協調関係を持つことになります。

「昨日の敵が今日の友」なんか戦国時代っぽい。

ちょっと違う気も・・・。

この日露戦争後の日本と世界の動きはとても重要です。なぜ日本が2度の世界大戦に参加し、そして負けたのか。それを理解するためにも今日のポイントをしっかり学んでいきましょう。

欧米列強の仲間入り

日本とロシアは、アメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトの仲介で講和条約を結びます。ポーツマス講和条約です(1905年)

ポーツマス講和条約

アメリカのポーツマスで調印された条約、それがポーツマス講和条約です。 1 韓国における日本の優越権を認める 2 旅順・大連の租借権、長春以南の鉄道利権を日本に譲る 3 北緯50度以南の樺太(からふと)を日本に譲る 4 沿海州・カムチャッカ半島周辺での日本の漁業権を認める 以上が、ロシアが日本に対して認める内容です。

ポーツマス会議の人々―小さな町から見た講和会議

日本にとっては、大陸進出への足掛かりとも言える旅順・大連を得たことは大きな転機となりました。しかもロシアに完全に認めさせた形ですから、もう失う心配はありません。

一度は三国干渉で奪われてしまいましたからね。

ただ、このポーツマス講和条約ですが、ロシアから賠償金を取ることは出来ませんでした。

普通、負けた国が相手に支払うんだよね。清は3億円ぐらい日本に払ったもんね。

日本は戦費調達のため苦戦しました。国民にも税を課し、苦しい生活を強いました。当然国民は戦勝の報告を聞き、巨額の賠償金を得られると思ったわけです。

それは怒るよね国民も。なんで賠償金を取れなかったんだろう。

日本は圧勝という形ではなかったのが大きいです。ギリギリの勝利。早く戦争を終わらせたかったのです。長引けば自国が窮地に立たされることを日本は知っていました。

それで初めからルーズベルト大統領に仲介をお願いしていたのですね。

日本海海戦勝利は絶好のタイミングだったのです。その勝利で一気に講和条約にこぎつけました。そのため日本はあまり強気な態度を取れなかったのです。

もしロシアが戦争継続を望んだら、講和どころではなかったということですね。ある意味賭けだったということでしょうか?

なんとか日本優位に戦争を終わらせる。賠償金が取れなかたったことは苦渋の決断でしたが、致し方なかったのです。

国民は黙ってなかったんじゃない?

賠償金を取れないことがわかると、一部国民は暴動を起こします。日比谷焼き討ち事件です。

日比谷焼き討ち事件

ポーツマス講和会議で賠償金が得られないとわかった国民たちは、日比谷公園に集まり条約反対の集会を起こしました。 この集会はやがて暴徒化し、大臣官邸や交番などが焼き討ちされた事件です。 日清戦争以上に戦費がかかり、犠牲も多く払った戦いだっただけに、国民の怒りはすさまじいものでした。

南満州鉄道

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日本は日露戦争の後、満州に鉄道、鉱山、港など様々な権利を有するようになりました。「旅順・大連の租借権、長春以南の鉄道利権を日本に譲る」がこれにあたります。特に南満州鉄道は日本に莫大な利益をもたらすことになります。

満州はよく聞く地名ですね。

万里の長城の外側に広がる中国東北部は、満州と呼ばれていました。石炭などの資源が非常に豊かで、日本が大陸進出の足掛かりにした場所です。

ロシアの次は日本に占領されて、そこに住んでいた人達が一番大変だったと思います。

この満州を中心に起きたある事件で、後に太平洋戦争が勃発していきます。その話は、もうしばらく後からになります。

三国協商

「ロシアのアジア撤退により、イギリスがロシアと協調体制をとった」ロシアは日露戦争の後、東アジア進出を諦め、バルカン方面に進出を企てます。アジアでは対立していたイギリスとロシアですが、バルカン方面では手を組むことになります。

ん~世界は広い。

バルカン方面ではドイツやオーストリアとの対立が見込まれたため、これまた利害が一致しているイギリスとロシアは手を組むことになるのです。これが英露協商です。

違う方面では利害が一致することもあり、手を組む。先を読む力が重要なんですね。

ロシアはフランスと同盟関係にあり、イギリスもフランスと同盟関係にありました。その流れでロシア、フランス、イギリスは三国協商を結ぶことになります。対してドイツ、オーストリア、イタリアは三国同盟を結んでいました。この三国協商と三国同盟の対立により、第一次世界大戦が引き起こされることになります。

日露戦争でロシアが日本に勝っていたら、そのままロシアはアジアに進出しイギリスと対立していたかもしれないんですね。すると、第一次世界大戦はなかったかもしれないんですね。

歴史に「もしも」はありませんが、可能性はありますね。ロシアのアジアからバルカンへの方針変換は、世界の動きに大きな変化をもたらしたのです。

ちょっとしたきっかけで歴史の流れは変わるんだね。

先ほどの日本の満州における利権の話ですが、実は満州はアメリカも進出しようとたくらんでいました。

と、と言うことは!?

アメリカと日本の関係も次第に壊れていきます。日露戦争の勝利は、当面は万々歳でした。ここが国際関係の難しいところでもあります。

中華民国の成立

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「アジアの民族運動が活発化した」日露戦争の日本の勝利は、アジアの諸民族に大きな希望を与えました。長らく占領下にいたアジアの民族たち。自分たちの力で、民族の独立を果たそうとする思想が芽生えました。

孫文(そんぶん)は三民主義を唱えた中国の革命家です。

孫文は漢民族の独立と近代国家の建設を目指し、辛亥革命(しんがいかくめい)を起こしました。結果、清は倒れ、南京(なんきん)を首都とする中華民国の建国に至りました。中華民国は、アジアで最初の共和国です。臨時大統領には孫文が就任しました。

※共和国・・・多数の人々の意思により政治が行われる制度を持つ国 アメリカ合衆国などが代表例※三民主義・・民族の独立、政治的民主化、民族生活の安定の3つからなる革命指導理論

ここで初めて、歴史上に中国という名前が出てくるんですね。

逆に隣の韓国は、日本による植民地化が進みました。

日露戦争の最中から、韓国の日本による植民地化は進みました。対ロシアの防護壁として朝鮮半島は最後の砦だったからです。

しかし、日露戦争後、ロシアの対アジア方針が変更され、ロシアの脅威がなくなった後も日本の支配は続きました。植民地支配は1945年の日本敗戦まで続いたのです。

日本は韓国の外交権を完全に奪い、韓国統監府(かんこくとうかんふ)を置きました。初代統監は伊藤博文が就任しました。

1909年には伊藤博文が満州のハルビン駅で暗殺される事件が発生しました。翌年1910年には日本は韓国を併合します(韓国併合)

なんだか、世界中が日本に動かされている気がする。

確かにこの頃の日本は強かったのです。ビスマルクの言葉を覚えていますか?

確か「世界と肩を並べたければ強くあれ」だったと思います。

その言葉通り、日本は強くなりました。そして1911年に外相の小村寿太郎(こむらじゅたろう)により不平等条約の残り「関税自主権の回復」を果たします。

とうとう欧米に認められたんだな。

日米通商航海条約をアメリカと締結し、正式に関税自主権の回復を果たしました。アメリカと果たしたことで、周りの列強も次々に条約を結びます。これにより明治政府悲願の不平等条約改正が達成されたのです。

なんだか、感動的です。幕末の人達の屈辱が果たされたんですね。

日本が世界の中でも本当に強くなったからなんだね。

強さゆえに悲願は達成されました。しかし、その強さゆえに世界から日本は警戒されていくことになります。

認められるために勝つ。勝つようになったら警戒される。なんだか複雑ですね。

満州という火種は徐々にくすぶり始めています。それが一気に燃え盛る日はそう遠くない話なのです。それでは今日はこのあたりで。

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