前田利家陣跡、外郭線に堀 名護屋城博物館が発表、桝形土橋も確認 識者「城と見まがう遺構」
前田利家陣跡、外郭線に堀 名護屋城博物館が発表、桝形土橋も確認 識者「城と見まがう遺構」 2025/11/05 07:00 宮﨑勝
豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点とした唐津市鎮西町の肥前名護屋城跡の近くにある前田利家陣跡の発掘調査で、北側から西側にかけた外郭線にぐるりと堀があった可能性が出てきた。発掘調査を進めていた県立名護屋城博物館が4日に発表した。堀を通る珍しい「桝形(ますがた)土橋」とみられる空間も確認された。歴史学者の平山優氏は「城と見まがうほどの陣跡の遺構で、秀吉政権での利家の地位が反映されている」と評価している。
この陣跡は地元で「筑前山」と呼ばれる名護屋城跡の南東に位置する標高約79メートルの丘陵上の約13ヘクタールに立地している。約160の陣跡の中で豊臣秀保(秀吉のおい)に次いで陣域が広い。
画像を拡大する前田利家陣イメージ図(部分拡大)。堀の間の空間が桝形土橋
画像を拡大する豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点とした唐津市鎮西町の肥前名護屋城跡の近くにある前田利家陣跡の発掘調査で、北側から西側にかけた外郭線にぐるりと堀があった可能性が出てきた。発掘調査を進めていた県立名護屋城博物館が4日に発表した。堀を通る珍しい「桝形(ますがた)土橋」とみられる空間も確認された。歴史学者の平山優氏は「城と見まがうほどの陣跡の遺構で、秀吉政権での利家の地位が反映されている」と評価している。
この陣跡は地元で「筑前山」と呼ばれる名護屋城跡の南東に位置する標高約79メートルの丘陵上の約13ヘクタールに立地している。約160の陣跡の中で豊臣秀保(秀吉のおい)に次いで陣域が広い。
▼▼本年度の発掘調査で堀の石垣の遺構を一部確認した。堀の総延長は約400メートル、幅は約15~20メートル、深さ5~8メートル程度と推測される。「範囲は昔の地形図や歩き回った結果などから推測した。水堀か、空堀かは判明していない。まだ調査は必要」と同館の末光博史学芸員。本格的な堀は名護屋城以外では徳川家康陣跡とここしか確認していない。陣跡北側の「道の駅桃山天下市」の駐車場辺りに「筑前堀」の地名も残っていた。利家は秀吉から「筑前守」の官職名をもらっている。
堀の桝形土橋も調査で分かってきた。桝形は四角形の空間を指し、この土橋の大きさは南北約22メートル、東西約18メートルと推定。ここを通って、既に発掘調査などで分かっていた虎口(出入り口)や「おもてなし」空間に行くと考えられている。
桝形土橋は石塁で囲われていたと推定され、調査で空間内部の石塁の面と、当時の地面に玉石が敷かれていた跡を確認し、石塁の北西の隅角部では角石とその付近では権威を示す巨石「鏡石」(横2・2メートル、高さ1・1メートル以上、厚さ0・3メートル)を確認。この桝形土橋で鏡石は多用されている。(宮﨑勝)
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