途方もない。四肢動物の回復は、なんと「2000万年」かかった…史上最大だった「ペルム紀の大量絶滅」。その新旧交代劇の真実
途方もない。四肢動物の回復は、なんと「2000万年」かかった…史上最大だった「ペルム紀の大量絶滅」。その新旧交代劇の真実

途方もない。四肢動物の回復は、なんと「2000万年」かかった…史上最大だった「ペルム紀の大量絶滅」。その新旧交代劇の真実

2026.01.30
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途方もない。四肢動物の回復は、なんと「2000万年」かかった…史上最大だった「ペルム紀の大量絶滅」。その新旧交代劇の真実

佐野 貴司

地質学者

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46億年にわたる地球史において、想像を絶するような超巨大噴火が何度も起こりました。そして、その巨大な火山活動が、時に何十万年もの期間で続く気候変動や海洋の酸素減少などを引き起こし、生物の大量絶滅をもたらしたと考えられています。

生命の歴史40億年間のなかで、とくに大規模な大量絶滅が5回あったとされ「ビッグ・ファイヴ」と呼ばれていますが、そのいずれにも、超巨大噴火が関わっていたと考えられています。

一方、大量絶滅は多くの生物種が姿を消す事象ですが、その後には新たな種があらわれ、結果として生物の進化につながってきたという側面もあります。つまり、地球の大規模な火山活動が、生命の進化を促してきた、という意外な側面があるのです。

生命の進化を、地球の地質活動から検証するという視点が注目を集める『超巨大噴火と生命進化』(講談社・ブルーバックス)から、注目に値するトピックをご紹介していきます。

今回は、史上最大規模といわれるペルム紀末の大量絶滅、そのあまりに長い回復の模様を解説します。

 

*本記事は、『超巨大噴火と生命進化 地球規模の環境変動が大量絶滅と進化をもたらした』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。 

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地理的隔離による種分化を阻んだ超大陸・パンゲア

以前ご紹介したオルドビス紀末やデボン紀後期の大量絶滅からの生物種数の回復は数万〜数十万年程度と短かったのに対し、ペルム紀末の大量絶滅からの回復には500万年以上かかったと推測されています。

その原因の一つとして、当時の大陸配置があげられます。図「ペルム紀末の大陸配置図」に表した通り、この時代に多くの大陸は1つにまとまり、超大陸パンゲアを形成して半球を占めていました。もう片方の半球にはパンサラッサ海が広がるという配置でした。

このように同じ大陸に生物が生活していると、地理的隔離による種分化が進みません。独自の進化が起きにくく、生物の多様性は他の時代に比べて低かったと考えられます。

ペルム紀末の大陸配置図この記事の全ての写真を見る(全10枚)

これに合わせて、大陸が1つしかないために、海岸線の距離が短く、浅海や大陸棚の面積が少なかったはずです。すると浅海での光合成と炭酸塩の埋没が活発化せずに、大気中の二酸化炭素濃度は高い状態が続き、超温暖化からの回復が進まなかったはずです。

さらに、現在は活発に光合成を行って二酸化炭素を酸素にかえている珪藻などの植物プランクトンは、この時代にはまだ繁栄していませんでした。

そのようなわけで、地球温暖化が引き起こした超酸素欠乏事件、硫化水素の排出、オゾン層破壊などが長期間にわたり継続したのでしょう。

大気中酸素濃度の急落

大量絶滅後の生物種数の増加が遅かった理由として、ペルム紀末から三畳紀初期にかけて酸素濃度が急低下していたこともあげられています(図「各地質時代の酸素濃度」)。酸素濃度の変化を高度に変換したのが同図下のグラフです。P-T境界の時代に海抜0mの地点は三畳紀に入った直後に3000mもの高地の酸素濃度へと変化したことがわかります。

さらに酸素濃度が最も低かった三畳紀初期から中期にかけての時代は、高度5300mに匹敵する酸素濃度でした。P-T境界の大量絶滅を生き延びて三畳紀に存続した脊椎動物の中でも、この5000mを超える登山に匹敵する酸素濃度の変化に適応できなくて絶滅したグループはいると思われます。

各地質時代の酸素濃度。下は、酸素濃度の現在の高度への換算(ヒューイとウォードが2005年に公表した図を簡略化)。

この酸素濃度の変化は背景絶滅の原因の一つですが、P-T境界での絶滅時期に酸素濃度の低下が重なったことは、生物種数の回復が遅れた原因にもなっているはずです。

植物群の入れ替わり

P-T境界における環境変化が植物にどんな影響をあたえたのか、長らくわかっていませんでした。植物は環境変化への耐性が高いため、変化に時間がかかり、その間に繁栄してきた新しい植物群に主役の座を明け渡すまでに長い年月を必要とするからです。それでもペルム紀末期から三畳紀初期にかけて植物の種類が変化したことが確認されています。

図「P-T境界での植物の入れ替わり」は当時の南極域での植物群の入れ替わりのようすを示したものです。ペルム紀末には泥炭層が発達し、この地層中には湿地性植物であるグロッソプテリス(シダ種子類)のさまざまな種が確認されています。しかし三畳紀の地層から泥炭層は消えてヒカゲノカズラや針葉樹しか見られなくなります。

当時の低緯度においても、三畳紀初期には湿潤な環境で堆積する泥炭層がなくなったのです。それは暑くて乾燥した気候への変化に起因すると考えられています。

P-T境界での植物の入れ替わり(レタラックが 1995年に公表した図を簡略化)。右は、グロッソプテリスの復元像(gettyimages)

このようにP-T境界後に汎世界的に泥炭層が形成されなくなり、それは約500万年間続きました(図「P-T境界での植物の入れ替わり」)。この時代はコール・ギャップ(coal gap)とよばれています。このコール・ギャップの時期、水辺には藻類や菌類だけが繁茂していたことを示す地層の存在も報告されています。超巨大火山の活動が主因となり世界中で湿地の植生が失われた時期が続いたのです。

このような500万年間にもわたるコール・ギャップの後、絶滅したグロッソプテリスのニッチを別グループ(シダ種子類)のディクロイディウムが占めるようになりました。ディクロイディウム類は葉の面積が小さいために、葉からの水分蒸発が抑えられ、温暖で乾燥した環境に適応できたと考えられています。

ディクロイディウムの復元像。絶滅したグロッソプテリスのニッチを占めるようになった illustration by gettyimages

魚類以外の脊椎動物は四肢動物とよばれており、これら動物の大量絶滅からの回復もかなりゆっくりとしていたようです。

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