【霧馬山の素顔2】毎夜母に電話、食事はモンゴル料理店 なじめなかった日本で支えになったのは両親の言葉
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【霧馬山の素顔2】毎夜母に電話、食事はモンゴル料理店 なじめなかった日本で支えになったのは両親の言葉

【霧馬山の素顔2】毎夜母に電話、食事はモンゴル料理店 なじめなかった日本で支えになったのは両親の言葉 2023年5月31日 6時0分スポーツ報知

 関脇・霧馬山の大関昇進が事実上決まった。名古屋場所(7月9日初日・ドルフィンズアリーナ)に向けた31日の番付編成会議と臨時理事会で正式に決まる。1996年にモンゴルで生まれ、18歳の時に来日した。めきめきと力をつけた男の軌跡「霧馬山の素顔」連載2回目。

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 大相撲での苦労を聞かれると霧馬山は必ずこう口にする。「日本に慣れるまでが一番大変だった」。15年1月、陸奥部屋に入門。朝稽古の準備が始まる午前5時半になっても姿を現さず、兄弟子にたたき起こされた。「モンゴルでは昼前まで寝てから(モンゴル相撲や柔道の)練習をしていた。すごいところにきたと思った」。母国でのびのび育った18歳にとって、相撲部屋での生活は驚きの連続だった。

 同年夏場所で初土俵を踏んだ。番付こそ順調に上げたが、日本語が理解できず苦しんだ。当時は悩みも打ち明けられなかったという。来日時の体重は70キロに満たなかった。力士として増量は不可欠だったが、日本食にもなじめなかった。近くのモンゴル料理店に通っては、故郷を思い出していた。

 夜になれば毎日のようにモンゴルで暮らす母エフゲレルさんに電話した。自身は布団を頭にかぶったまま。事細かに日々の出来事を打ち明け、異国での孤独さを紛らわせた。家族にも励まされ「お母さんの言葉は重かった。もう一度頑張ろうと切り替えられた」。入門する際に来日していた両親から、一冊の書籍を手渡されていた。後日、何げなくページをめくると、目が留まった。最初のページに「お前は絶対できる。頑張れ」と直筆のメッセージが添えられてあった。

 角界入りは親孝行のため。歯を食いしばった。本人は「モンゴルに『帰りたい』と何度も思った」と振り返るが、エフゲレルさんによると「(相撲を)やめたいと漏らすことだけはなかった」という。日本語習得も、テレビで恋愛リアリティー番組「テラスハウス」を見て、学んだ。分からない単語や表現を兄弟弟子に質問するようになると、周囲とも打ち解けた。より相撲に集中できるようになっていった。十両になると、転機が訪れた。(特別取材班)

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