なぜダイソーは「100円均一」にしたのか…ダイソー創業者・矢野博丈が「100円でええ」と言い出した決定的瞬間 待っている客にせかされ、思わず口をついて出た
『百円の男 ダイソー矢野博丈』 #小売り #ダイソー #書籍抜粋 2024/03/30 7:00- #1
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- 大下 英治 +フォロー 作家
昭和47年(1972年)3月に「矢野商店」を創業した。が、矢野は弱気だった。
〈この商売は、いずれ潰つぶれる〉
そのため、長男の寿一、次男の靖二せいじには、先に謝っていた。
「ワシは大学出させてもらったのに、すまんのォ。家には借金がようあるけぇ、おまえらは中学で勘弁してくれ。中学出たら、就職してくれ。中卒で神戸製鋼に就職すれば、月給3万円だというど」
「トラック1台の売上高で日本一になろう」モノ1個を100円、200円で売る商売だ。年商1億円なんて、想像しただけで夢のような世界なのだからしょうがない。
〈絶対、無理じゃろうけど、目標は持ってもいいだろう〉
年商1億円という夢のような目標を掲かかげたが、確実に実行できる目標も持った。
「今、日本には500円均一とかで走りまわるキャラバンが、300台くらいおるじゃろう。でも、ワシのトラックが300台の中で一番売れているはずじャ。会社としては、うちは田舎いなかにあるし、負けるけえ、トラック1台の売上高で日本一になろう」
写真=iStock.com/powerofforever 「トラック1台の売上高で日本一になろう」(※写真はイメージです) 全ての画像を見る(4枚)矢野は、会社の規模を大きくすることに興味などなかった。
仮に、年商100億円、300億円という大規模の目標を掲げたなら、トラックの台数を増やし、安いものを大量に仕入れ、粗利を追求していく道を選ばざるを得ない。
そうではなく、矢野は、「一番売るトラック売店」という身近な目標を選んだ。
この目標をはたすために、客に喜んでもらえる原価を高くしたよい商品を売り、だれよりも働き、客に来てもらうためにチラシをたくさんつくってポストに入れる。
自分たちの目の前にあるやれること、それをコツコツと積みあげてさえいけばいい。なにも無理までして、自分たちを窮地きゅうちに陥おとしいれる心配はないのだ。
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