武藤敬司、プロレスラー西村修さんへささげた「弔辞」全文…「闘え!プロレスを続けろ!プロレスは人生そのものだ」
武藤敬司、プロレスラー西村修さんへささげた「弔辞」全文…「闘え!プロレスを続けろ!プロレスは人生そのものだ」 2025年3月8日 16時46分スポーツ報知2月28日に亡くなったプロレスラーで文京区議会議員の西村修さん(享年53)の告別式が8日、東京・文京区の護国寺でしめやかに営まれた。
式には文京区の成沢広修区長、タレントの山田邦子、せんだみつお、プロレス界からは藤波辰爾、渕正信、武藤敬司、新崎人生、天山広吉、小島聡、永田裕志、後藤洋央紀、SANADA、KENSO、征矢学、ジョー・マレンコらが参列した。
リングをイメージした祭壇にはベルトなどが飾られ現役時代の栄光がしのばれた。ひつぎには背中に「無我」と書かれたガウンがかけられ、参列者は早すぎる死を悼んでいた。
弔辞を武藤敬司が読み上げた。武藤は遺影を見上げながら以下の弔辞を読み上げた。
【弔辞全文】
西村修選手。闘病生活をしていることは聞いていました。こんなに若く帰らぬ人となるとは思いませんでした。
西村はオレにとって新日本プロレス時代に付き人を務めてくれた大切な後輩です。
たくさんの思い出がある中で特に記憶にあるのは、当時、オレが新車で買ったばかりの赤いフェアレディZに「ワックスをかけて欲しい」と頼んだ時のことです。どうやら研磨剤入りのワックスをかけたらしく泡が真っ赤になり、こすった通りに傷がついていました。それを見たオレは西村を責めることもできず泣きました。
若いころ、オレもタンパ、フロリダが大好きだったけど、西村はオレ以上にフロリダが好きになり永住するかと思っていました。
西村が最初にがんを患ったと国際電話で相談された時、オレ自身もショックでかける言葉に苦慮しましたが「お前はプロレスラーだ。それもプロレスだ!闘え!プロレスを続けろ!プロレスは人生そのものだ」と言ったらお前は泣きながら返事をしていましたね。
その後は、免疫力を高めて強い体になると言って、死体が浮いているインドのガンジス川で沐浴したり、朝一番の尿を飲んだりして常にがんと闘っていました。
興行の切り札として西村を武藤全日本に誘い所属選手になってくれたこともありましたが、その時は本当に助かりました。
また、亀井静香さんから頼まれて西村を指名した時に本気で一生懸命、国政の政治家を目指しました。それがきっかけで文京区の区議になった西村をオレは陰ながら応援していました。
本当はプロレスにしても政治家にしてもやりたいことがいっぱいあったはずです。
今年1月31日の太陽ケア引退興行に参戦する予定だったのに来ないと知った時は、とても心配しました。でも、その時に奥様と息子さんにお会いしてここに西村の遺伝子がいるんだ、と思いました。
息子さんには、これから大いに羽ばたいていって欲しいと思います。
人になびかず、自分の意志を曲げずに貫いた西村修の人生と共に…。
令和7年3月8日 武藤敬司
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