「僕はジャイアンツに必要ないのかな…」早稲田大卒ドラ3右腕が突然の通告に呆然〈長嶋巨人最後のトレード〉主役が語る波乱の野球人生
「僕はジャイアンツに必要ないのかな…」早稲田大卒ドラ3右腕が突然の通告に呆然〈長嶋巨人最後のトレード〉主役が語る波乱の野球人生

「僕はジャイアンツに必要ないのかな…」早稲田大卒ドラ3右腕が突然の通告に呆然〈長嶋巨人最後のトレード〉主役が語る波乱の野球人生

  • #1
  • #2
  • #3

プロ野球PRESSBACK NUMBER

「僕はジャイアンツに必要ないのかな…」早稲田大卒ドラ3右腕が突然の通告に呆然〈長嶋巨人最後のトレード〉主役が語る波乱の野球人生

posted2026/01/28 17:00

  若き日の三澤興一さん

text by

佐藤春佳Haruka Sato

PROFILE

photograph by

JIJI PRESS

1/3 ページ目 この記事を1ページ目から読む  昨季まで巨人の三軍投手チーフコーチを務め、今季から国際部長に就任した三澤興一さん。現役時代は異例の“出戻りトレード”を含め巨人、近鉄、ヤクルト、中日と渡り歩き、アメリカの独立リーグにも挑戦した。異色の経歴を誇った右腕が、自身の歩みと数奇な運命を振り返った。〈Number Webインタビュー全3回の1回目/つづきを読む〉

◆◆◆

 三澤さんが早稲田大学からドラフト3位で巨人入りしたのは1997年のこと。故・長嶋茂雄氏による第二次政権の監督5年目。西武から清原和博内野手がFAで加入し、松井秀喜外野手との「MK砲」が注目を集めた華やかなりしジャイアンツ全盛期だった。

選手に視聴率の話も…ミスターの教え

「当時の長嶋監督は本当に出ているものが違うというか、自分と同じ次元には感じていなかったです。僕らの前ではいつも笑顔で、チームの雰囲気を作ってくださった。印象に残っているのは試合前、我々選手たちに、お客さんのことやテレビの視聴率について話されていたこと。常にファンに見られているという意識を持って、魅力のある野球をしようということをおっしゃっていましたね」

「プロ野球新人対抗戦」での一コマ(中央が三澤さん) ©Hideki Sugiyama

ADVERTISEMENT

 とはいえ、新人右腕の輝きも負けてはいなかった。早大時代は2年生からエースの看板を背負い六大学野球リーグ戦で通算31勝をマーク。4年時にはアトランタ五輪に出場し銀メダル獲得にも貢献した。鳴り物入りで巨人の門をくぐった三澤さんは、1年目からリリーフとして一軍で35試合に登板する活躍を見せた。

「一軍で登板した時に、自分の持っているものでバッターを打ち取る方法というところで手応えを掴んで、プロの世界でも戦えるなと感じた部分がありました。とはいえ、1年目は無我夢中でしたね」

【次ページ】 当日にいきなり先発「長嶋監督が笑顔で…」

1 2 3 NEXT #読売ジャイアンツ #東京ヤクルトスワローズ #中日ドラゴンズ #三澤興一 #長嶋茂雄 #近鉄バファローズ #伊良部秀輝 プロ野球の前後の記事
  • 「5年契約が大きかった」鈴木誠也なぜメジャーで打てる? MLBカブスの日本人トレーナーが語る“中長期プラン”「2~3年で結果を出すことは簡単ではない」

  • 「お前、トレードらしい」新聞で知った〈巨人→近鉄→巨人〉衝撃の“出戻りトレード”舞台裏「3度の戦力外、4球団に移籍」異色右腕・三澤興一のいま

📎📎📎📎📎📎📎📎📎📎
BOT