高知県高岡郡|37番札所岩本寺は五仏の御本尊を祀る珍しいお寺!天井画とポップな境内も必見
四国八十八か所霊場第37番札所岩本寺(いわもとじ)は高知県西部の高岡郡四万十町にあります。
ひとつ前の札所・36番青龍寺から約60km、次の札所38番金剛福寺まで約80kmと札所間の距離が気が遠くなるほど長く、修行の道場土佐の本領発揮というところ。。。
しかし、苦労の末たどりつく価値があるほど見どころいっぱいのお寺です!
参拝したのは2019年4月。当初は2回、3回とお遍路をするものと思っていましたが、このご時世なのでなかなか叶いません。 写真や情報は参拝当時のもので、現状と異なる場合があります。 もくじ- 岩本寺へのアクセス
- 岩本寺の駐車場
- 公共交通機関でのアクセス
- 前後の札所
- 岩本寺の御朱印
- 岩本寺の御影
- 岩本寺について
- 岩本寺の七不思議
- 岩本寺の御本尊
- 岩本寺の見どころ
- 仁王門
- ペギー葉山奉納の玉垣
- 本堂
- 天井画が圧巻!
- 大師堂
- 聖天堂
- 奥の院・矢負い地蔵
- 高田屋嘉兵衛へんろ石
- 仁王門
- まとめ
- おすすめのお立ち寄りスポット
- 海洋堂ホビー館
- 砂浜美術館
- おすすめのお立ち寄りスポット
岩本寺へのアクセス
〒781-1165 高知県土佐市宇佐町竜163幹線道路からやや奥まった場所にありますが、案内標識や看板がたくさんあるので迷わずたどりつけました。
岩本寺の駐車場参道の曲がる手前にひっそりとあり、ちょっとわかりにくいかも。
無料で利用できます。
公共交通機関でのアクセス・JR土讃線窪川駅から700m
前後の札所36番札所青龍寺から58.5km(横浪スカイライン経由)
38番札所金剛福寺まで80.7km
岩本寺から38番金剛福寺までの距離が四国霊場のお寺間で最長となります。終盤にこれ持ってくるとか、修行の道場の修行が本気すぎるよね。
足摺岬、マジ岬。 宿毛からの修行感が半端ないです。 車でもかなりきついので、歩きの方は本当にお疲れさまです。。。
岩本寺の御朱印
岩本寺の納経所は宿坊に隣接しています。
奥の院の納経もいただけます。
岩本寺の御影御影にも五仏が描かれています。
お四国で一番仏密度が高い御影です。
岩本寺について
寺伝によれば天平年間(729年 – 749年)に聖武天皇の勅命を受け行基が七難即滅・七福即生を祈念して開創したのが起源であるという。それは現在地より北西約2kmの仁井田川のほとりで、仁井田明神のあったことから当時は「仁井田七福」、別名「七福寺」とよばれた。その後、弘仁年間(810年 – 824年)に空海(弘法大師)が五社・五寺からなる福円満寺を増築し、東から、東大宮が不動明王、今大神には清浄観音菩薩、中宮が阿弥陀如来、西大宮が薬師如来、聖宮が将軍地蔵菩薩とそれぞれ本尊を安置し、星供の秘法を修したという。こうして「仁井田五社十二福寺」と称し嵯峨天皇の勅願所となり栄え、別当寺の福円満寺が札所であった。 天正年間(1573年 – 1592年)に兵火によって焼失するが、時の足摺山主・尊快親王が弟子の尊信に命じて再興した。 一方、岩本寺は、町中にあり福円満寺から足摺へ向かう途中の宿坊であった。中世末に一宿した尊海親王がこの宿坊に岩本坊の名を与え繁盛した。1652年から1688年の間に衰退した福円満寺から別当が移り、岩本寺と改称し、納経は「五社大明神 別當岩本寺」と記帳された。 明治初期には神仏分離により仁井田五社の5つの仏像は岩本寺に移されたが、しばらくして、仏像と札所権は八幡浜の吉蔵寺に移る。しかし、明治22年(1889年)岩本寺は復興して仏像と札所権を取り戻し、現在に至る。
(Wikipedia岩本寺より引用)
岩本寺の創建は天平年間で、1300年の歴史があるお寺。
現在の形に落ち着くまでは二転三転、紆余曲折ありまして、
- 行基が七難即滅・七福即生を祈念して開創した「仁井田七福(七福寺)」が始まり
- 弘法大師が五社・五寺を増築して「福円満寺」になる
- 天正年間の兵火で焼失、再興
- 江戸時代中期、衰退した福円満寺から岩本坊(岩本寺の前身、当時は宿坊)へ別当が移る
- 明治初期、五仏と札所が八幡浜の吉蔵寺へ移る
- 明治22年(1889年)、岩本寺が復興
という道をたどっています。
ちなみに、行基が祈念した「七難即滅・七福即生」とは
七難:太陽の異変、星の異変、風害、水害、火災、旱害、盗難 七福:寿命、有福、人望、清簾、威光、愛敬、大量という意味だとか。
正式には藤井山(ふじいさん)五智院(ごちいん)岩本寺(いわもとじ)といい、真言宗智山派のお寺です。
岩本寺の七不思議岩本寺には弘法大師にまつわる七不思議があります。
- 子安桜…桜の木の下で難産に苦しむ女性を見つけ、お大師さんが手水場のひしゃくの底を抜いて加持祈祷した
- 三度栗…子供が栗の木に手が届かず泣いているのを見て「うない児の とる栗三度実れかし 木も小さく いがもささずに」と詠むと木が小さくなり、1年に3回実をつけるようになった
- 口無し蛭…田植えのたびに人々の血を吸う蛭の口をお大師さんが封じたため、岩本寺裏の湿地の蛭は口がない
- 桜貝…桜が散った頃に桜の木を見に現れたお大師さんのために、岩本寺近くの浜の貝が桜色に変わりお大師さんを慰めた
- 筆草…お大師さまが使い古した筆を埋めると筆にそっくりの草が生えるようになった
- 戸たてずの庄屋…盗難で困っていた庄屋のためにお大師さんが盗難除けの祈祷をすると、庄屋の家は戸を閉めなくても盗人が入らなくなった
- 尻無し貝…お大師さんが川を渡るときに貝が足に刺さり、他の人々がケガをしないよう巻貝の尖った部分を取り除いた
「子安桜」と「三度栗」は 今も岩本寺の境内にあるそうです!
たぶん見落とした。
岩本寺の御本尊岩本寺は四国霊場で唯一、五仏の御本尊が安置されています。
- 不動明王
- 聖観世音菩薩
- 阿弥陀如来
- 薬師如来
- 地蔵菩薩
これはWikipediaにも
弘仁年間(810年 – 824年)に空海(弘法大師)が五社・五寺からなる福円満寺を増築し、東から、東大宮が不動明王、今大神には清浄観音菩薩、中宮が阿弥陀如来、西大宮が薬師如来、聖宮が将軍地蔵菩薩とそれぞれ本尊を安置し、星供の秘法を修したという。
とあるように、もともとの「仁井田七福(七福寺)」をお大師さんが「福円満寺」に改めたときに安置した五仏のラインナップです。
岩本寺の見どころ
岩本寺で個人的に気になる&おすすめの見どころを写真つきでご紹介します!参拝される前にチェックして、参考になさってくださいね。
仁王門ヴィンテージ感あふれる仁王門に新し目の石が不思議な組み合わせ。参道はまっすぐ長いですが、境内は塀でガッチリ囲まれているのでパッと見のお寺感が薄かった思い出…。
参道には土佐文旦のお店などいくつかの店舗があり、門前町の雰囲気がありました。
今はこの仁王門前の階段もめちゃめちゃポップになってます。
仁王門の扁額の金色の縁取りが輝いていました✨
ペギー葉山奉納の玉垣一緒に行った母が見つけたやつ🤭
有名な歌手ですね。
歌は知らないけど(昭和生まれですが世代が違うから)、名前は知っていました。
ペギー葉山 2017年に死去した女性歌手で、昭和の時代に活躍した方です。1959年リリースの「南国土佐を後にして」という大ヒット曲があるので、その縁でしょうか…🤔 本堂歴史のありそうな建物で、五色の幕が鮮やかでした。
本堂では御本尊の真言を唱えますが、岩本寺ではもちろん五仏分唱えます💁♀️
- 不動明王:のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
- 聖観世音菩薩:おん あろりきゃ そわか
- 阿弥陀如来:おん あみりた ていせい から うん
- 薬師如来:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
- 地蔵菩薩:おん かかか びさんまえい そわか
岩本寺といえば、本堂の天井画!
1978年に新築されたとき、プロの画家から一般市民まで思い思いに描いた575枚の絵が飾られています。
お寺らしい花鳥風月のほか、ユーモラスな人物画やかわいらしい動物、マリリンモンローまで!
天井だけでなく、サイドにも飾られています!これはなんかツボったお大師さん🤭
「圧巻!」とか言いながら、参拝したのはインスタ始める前なので写真にあんまりこだわりがなく、全景を撮ってないポンコツぶりに愕然とするよね。
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実物は本当に圧巻なんですよ…!
大師堂大師堂は本堂の奥にあります。
意外なほどちんまりとしたお堂で、一瞬わかりませんでした💦
この大師堂が岩本寺で一番古い建物だそうです。築200年くらい。
大師堂の隣にある真新しい建物は「清流殿」といい、こちらにも四万十川や沈下橋を描いた天井画があるとか…ノーマークでした。
というか、扉が開いていなかったような気がする…。
聖天堂岩本寺にも聖天堂があります。
さまざまなサイトで「木造で円形の珍しいお堂」と紹介されていますが、言われてみればたしかにこんな形は珍しいかもしれませんね。
なんか高知のお寺にはよくお聖天さんが祀られている気がする…🤔
奥の院・矢負い地蔵本堂の向かいにある立派な宿坊。
こちらには「矢負い地蔵」が安置されています(現在は…?)。
かつては、当寺の大師堂に矢負い地蔵菩薩半跏像が祀られていて奥の院の堂ともみなされていたが、2014年以降、右脇に傷跡がある形で完全に修復され本坊に鎮座して公開されている。その昔、この地に信心深い猟師がいた。獲物が見つからず、これ以上の殺生は無益と思い自分の胸をその矢で射た。妻に起こされ、傍らを見ると矢の刺さったお地蔵様が倒れていた。身代わりとなった地蔵菩薩をこの寺に手厚く祀ったという伝説がある。納経及び御影の授与は当寺納経所にて行われている。 (Wikipediaより引用)昔は大師堂が奥の院の地蔵堂を兼ねていましたが、四国霊場開創1200年を記念して修復され、特別公開されました。
私が参拝したときもまだ「ご開帳」の看板がありましたが、時間の都合で拝観できませんでした💦
高田屋嘉兵衛へんろ石境内にひっそりとあるへんろ石。
へんろ道や札所の近くでよく見かける矢印のついたあの標石ですが、こちらを奉納したのは「高田屋嘉兵衛」です。
…誰?🤔
高田屋嘉兵衛(たかだやかへえ) 江戸時代後期の廻船業者で、国後島・択捉島の航路を開拓して財を成したものすごい大富豪。淡路島生まれ。苔むしていて読みにくいですが、ちゃんと高田屋嘉兵衛って書いてますよ!
Wikipediaにもあるように、もともと岩本寺にあったものではなく、
土佐久礼から長沢川を遡った長沢上の岩本寺の手前17.9km地点(標高約25m)より最高地点標高409mを通り七子峠(標高292m)への4.8kmが土佐往還道「添蚯蚓(そえみみず)」で、その中ほどに海月庵があった。修行中の空海が久礼湾上の月を賞して庵を結び地蔵菩薩と自坐像を刻んだという伝説の地である。庵跡には茶店もあったが明治25年に大阪谷から七子峠へ上がる道が開通してから廃道になり黒竹林になっていたが近年、そえみみずへんろ道として復元された。国道56号の七子峠にある小山の山上に小堂が造られ昭和6年3月弘法大師御自作阿波立江寺御分霊の地蔵菩薩と大師像が祀られていたが、近年、すぐ下の駐車場脇に移されている。「海月庵」というお堂にあったものが移設されたものです。
標石も四国にはあちこちにありますが、ひとつひとつ見ると江戸時代のものだったり、こうして有名人が寄進したものだったりして面白いですよ🤗
まとめ
岩本寺は高知の札所では終盤で、前後のお寺との距離があり、さすが修行の道場…となります。
歴史があるお寺ですが、境内はポップで若い世代も楽しめますよ。とくに本堂の天井画は必見です!
お遍路のときは次の38番金剛福寺までの距離が80kmあるため、向かう途中で「納経の時間に間に合わない!」とならないように参拝の計画はしっかりと…。
宿泊場所なども事前におさえておくのがおすすめです。
▼次の札所はこちら▼
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砂浜に飾られたたくさんのTシャツが並ぶ光景でおなじみの「砂浜美術館」が岩本寺と金剛福寺の間にあります。
砂浜美術館私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。www.sunabi.com通年見られるものではありませんが、参拝時期に展示があれば立ち寄ってみては。