「レズ風俗」の「男性向けサービス」に批判の声。問題は、サービスだけではない
〔PHOTO〕iStock2020.12.03- #社会情勢
- #LGBT
富岡 すばる
ライター
プロフィール
先日、とある「レズ風俗」を名乗るお店が、女性キャスト同士の性的な行為を男性も含む客に鑑賞させるサービスを提供したことに対して、一部で批判が起こった。「レズ風俗」とはその名からも想像がつく通り、女性キャストが女性客に性的サービスを施すお店である。こうした女性が女性と性的な関わり合いを楽しむためのサービスが、「レズ」という名のもと、男性向けの性的コンテンツとして利用される構図が批判をされたのだ。
ただ、僕が今回問題提起したいのはこの点だけではない。そもそも「レズ」という、女性同性愛者にとって差別的な蔑称になるこの言葉を、気軽に使っていいのか、という点である。
蔑称がメジャー化することへの危機感
僕は10年ほど前、「売り専」と呼ばれる、男性キャストが男性客に性的サービスを施すお店で働いていたことがある。だが当時は今と違い、「レズ風俗」について書かれた記事をウェブニュースで見かける機会はまだあまりなかった。この数年で、女性利用者によるルポルタージュや、それを取り上げた記事が注目を浴び、その言葉が市民権を得てきているようだ。
最近、同性の恋人を持つ女友達ともこの話題について話をしたのだが、「レズ風俗」という言葉がメジャーになり、蔑称が気軽に使われ始めることを彼女は危惧していた。
ゲイである僕も、BL界隈でゲイの蔑称である「ホモ」という言葉が気軽に使われている場面を見た時、言い知れぬ嫌悪感を抱いたのを覚えている。
写真はイメージです(以下同)〔PHOTO〕iStock -AD-もしこれらの言葉を使っている人に偏見や差別の意識がなくとも、「レズ」や「ホモ」という言葉には差別的な文脈で使われてきた歴史がある。
「ゲイ」や「レズビアン(もしくはビアン)」という呼称であれば、不要なトラブルも防げるので、非当事者が使う場合にはこちらの言葉をおすすめしたい。中には気にしないという当事者の方もいるだろうし、その上で互いに信頼関係が築けているのであれば、非当事者と当事者の間でその言葉を使っても別に構わないとは思う。
しかし嫌がる当事者が多いのも事実で、信頼関係が成り立っていない人間に対して使うのは避けるべきだし、たとえ信頼関係があってもオフィシャルな場で使うことは好ましくない。
女性のセクシャルマイノリティの方が抑圧が強い
同じセクシャルマイノリティであっても、男性より女性の方がより強い抑圧を受けやすい傾向がある。
例えば、「レズ風俗」という通称はあっても、「ホモ風俗」という通称は現時点ではない。仮にもし「ホモ風俗」という言葉が公に使われた場合、「保毛尾田保毛男」というゲイを揶揄したキャラクターがテレビに出た時のように炎上を起こすであろうことは想像がつく。
また、冒頭の「鑑賞サービス問題」が象徴するように、「レズ」という存在が異性愛者の男性向けポルノの一ジャンルとして消費されてきた点も忘れてはならない。先日書いた記事「女性が『ゲイの友達』をほしがる現象の裏にあるもの」でも触れたが、女性同性愛者の人から「女性が好きだと言うと、逆に男性から言い寄られる」という話はよく聞く。男性同性愛者には「ゲイと友達になりたがる女性」が近づいてくるのに対し、女性同性愛者には「レズビアンとセックスしたがる男性」が近づいてくるのだ。
〔PHOTO〕iStock -AD-こうした同性愛者が向き合わされてきた差別や偏見、男女間のジェンダーギャップが解消されていない現段階で、女性同性愛者への蔑称として使われてきた「レズ」という言葉が市民権を得ようとしていることに、僕はゲイ男性として違和感、いや、もっと言うと危機感を抱かずにいられない。
蔑称を当事者が使う意味
その一方で、先述した女友達は「レズ」という言葉をいたって普通に使う。そして僕も、ゲイの友人と話す時に「ホモ」という言葉をやはり普通に使っている。これらの言葉を蔑称だと言っている張本人たちが、「勝ち組レズになりたい」とか「うちらめっちゃホモ」などと言っていたら矛盾していると思われるだろう。
ただ、こういった差別的な蔑称は、非当事者が使うと当事者の尊厳を傷つける言葉になるが、当事者が使った場合、それはまったく違う意味を持ち得る。
その例として、今年全米1位を記録するヒットとなったこの曲を挙げたい。カーディ・Bとメーガン・ザ・スタリオンという二人の人気女性ラッパーがコラボレーションした、『WAP』という曲なのだが、歌詞内で女性器の呼称である「プッシー」という単語を連呼しているのだ。
-AD-「女性とヒップホップは目の敵にされる」という発言をし、業界内における女性蔑視に声をあげてきたカーディ・B。そして、『WAP』の後に『Body』という曲を出し、「私は自分の体を愛している。誰のものでもない」というボディ・ポジティブなメッセージを発信しているメーガン。そんな彼女たちがタッグを組み、女性器の呼称を掲げながら、「料理はしない」「食物連鎖では私が食べる方」というリリックを繰り出すこの曲には、彼女たち流のフェミニズムを感じる。
もちろん「プッシー」という言葉は、女性への性差別的な意味合いを含んでおり、男性が女性に向かって使ってはいけない言葉だ。2016年のアメリカ大統領選挙中、当時は大統領候補だったトランプ現大統領が過去に放った「プッシーをつかめば何でもできる」という発言が取りざたされ、問題になったのも記憶に新しい。
この発言に怒った女性たちがプッシーハットと呼ばれる猫耳型のニット帽をかぶり(プッシーには子猫という意味もある)、女性の権利を訴えるデモが行われた。その参加者の中には「プッシー・パワー」と書かれたプラカードを持つ人もおり、彼女たちがこの言葉に誇りを持っていることがわかる。
また、Nワードと呼ばれる黒人への蔑称も、黒人が互いを呼び合う際に使ったり、黒人ラッパーの曲で使われることが少なくない。しかし、これもまた当事者以外が決して使ってはいけない言葉の一つだ。非黒人アーティストが使った場合は当然ながら大騒動となり、過去にはジャスティン・ビーバーがNワードを使ったことで批判された。
黒人アーティストであるアイス-Tは、「なぜ白人が黒人をNワードで呼ぶとやりこめられるのに、黒人同士で呼び合うのはOKなのか」という質問をTwitter上でぶつけられ、こう答えている。
「その言葉があなたに当てはまらないなら使うな。例えば、あなたが太っていないのであれば他の人を太っていると呼ぶな。あなたがゲイでなければ、ゲイの人が互いに呼び合う言葉に近寄るな。その言葉があなたに当てはまらないのなら使うな」
〔PHOTO〕アイス-TのTwitter(@FINALLEVEL )より -AD-この言葉を借りて、改めて主張したい。「レズ風俗」という呼称を非当事者が軽々しく使うのはやめるべきではないか、と。僕は同性愛者というマイノリティであると同時に、男性というマジョリティでもあり、LGBTの中でも声が通りやすい立場にあると思うからこそ、そう強く言いたい。
この社会においてマイノリティであることは、言葉を奪われることでもある。 時に、LGBTやBlack Lives Matterという言葉は「左翼の活動家」の合言葉のように曲解され、フェミニストという言葉は「男性に相手にされない女性」のような意味合いで揶揄される。そして本来の呼称を奪われ、別の蔑称をつけられる。
しかし蔑称の烙印を押された言葉も、当事者自らが自信や誇りをあらわす言葉として使っていけば、その言葉を勝ち取れるのではないか。 僕と女友達が「ホモ」「レズ」を堂々と使い、カーディやミーガンが「プッシー」を連呼し、そして黒人ラッパーが互いをNワードで呼び合うように。
非当事者ができる唯一の正しいこと
僕が自分を「ホモ」と呼ぶ時に感じるものは、自分がゲイであるということを当たり前に受け入れている充足感だ。まだ自分がゲイであることを許容できなかった頃には決してその言葉を使えなかったことを考えると、やはり乗り越えたのだなと感じる。
だから、蔑称によって奪われた誇りや、その蔑称を通して勝ち得た自分の言葉を、再び奪わないでほしい。
-AD-こうした、差別用語の取り扱いをややこしいと感じる人もいるだろう。当事者の中には、蔑称を気にしないという人、見るのも聞くのも嫌だという人、当事者が使うのは良いが非当事者には使われたくないという人など、いろいろいる。それら全ての人間を尊重するのなら、非当事者が選べる道はひとつしかない。差別用語を使わない──それだけだ。
男性であり同性愛者でもある僕のように、今この記事を非当事者として読んでいる方も、環境や立場が違えばいつだってマイノリティ当事者になりえる。そんなとき、我々を守るのは相手への尊重であるということ。それを心に留めておきたい。
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